第54話 十階層ボス


 ボス部屋は真っ暗だったが今の俺は《暗視》スキルがある。ドーム状の空間中央に鎮座するモンスターが見えた。


 中ボスがゆっくりと立ち上がると、ドーム状の壁面にぽつ、ぽつ、ぽつと、等間隔に設置された松明が灯っていく。

 電気や日光に劣るその明かりは揺らぐことで、却って視界が悪くなる。

 文明の力に囲まれて育った身に、原始的な明かりはありがた迷惑である。


「ブモオオォォォ……」


 そこにいたのは、通常の牛の1.5倍はありそうな立派な角を持った……牛?


=【レア・アンゴーラブル】【魔石30%・皮20%・角15%・毛15%・アイテム10%・上アイテム10%】


 牛で間違いなかった。全身のドレッドヘアーがふさふさすぎて、体型がわからないし顔が見えなかったが、鑑定で〝ブル〟と出ているので雄牛だ。


 アンゴーラブルは鼻息荒く、前脚で地面を数回かくと、頭をというか角を俺に向け突進してきた。

 こんなの食らったら一発アウトである。

 闘牛よろしく突進してくるアンゴーラブルを、直前でよけざまに切りつける。

 一瞬でも気を抜けばこっちが吹っ飛ばされる。そんな緊張の中、何度目かの突進を避けようとした時、アンゴーラブルが今までと違う行動をとった。


 横に避けた俺を追うように頭を捻ることで、角が迫ってくる。攻撃を繰り出しかけた手を引き、咄嗟に胸の前で武器をクロスさせる。


 ギャギャィーーンと神経を逆撫するような音を立て、エレホーンソードと角がつばぜり合う。その勢いにクロスさせた刺身包丁までがキシキシと軋みをあげた。

 力比べに負けたのは俺の方だった。エレホーンソードが手から弾き飛ばされ、右手の武器を失った俺は一旦距離を取る。

 しかしエレホーンソードとの距離が開いてしまった。


「武器を奪ったと思ってんだろ。甘いな」


 倉庫から鉈を取り出し左手の刺身包丁と持ち変える。


「こっちのがしっくりくるんだ、残念でしたっ」


 意識しないと斬りつける攻撃をしてしまうので、刺突武器のエレホーンソードでもつい斬り付けてしまっていたから、ドレッドヘアに阻まれていたんだよな。

 突進を待つのではなく、こちらから突っ込み直前でフェイントを混ぜて切りつける。

 相手の突進の威力を削げば、攻撃力をそぐことができるし、角の折れた右側を狙うことで奴の攻撃手段を減らせると踏んだ。




 何合も切りつけては離れるを繰り返すが、止めには至らない。

 手を出さないように指示していたタマは、扉前から動かず声をかけてきた。


「お手伝いしますかにゃ?」

「いや、ここは俺一人でやる」


 本当は戦いたくてウズウズしてるだろうが、ガーディアンホワイトタイガーが倒せたのは偶然でも幸運でもないと、確認しなければ。


 アンゴーラブルめがけ何度目かの鉈の振り下ろしが角で受け止められた。


 鉈を絡めたつもりだろうが、反対に左手に力を込め、アンゴーラブルの頭を動かないよう固定し、刺身包丁を斜め下から喉元目がけ振り上げた。

 力尽くで回避しとうとするブルの角と鉈が力比べとなったが、バギャンっと分厚い鉈の刃がおれたが、向こうの角も折れたので今度は引き分けだ。


 だが刺身包丁は深々と首を切り裂いている。


「ブゥボオオォォォ……」


 先ほどとは異なり、空気が漏れて雄叫びにならない声を発するアンゴーラブルから距離を取る。

 ゆっくりとアンゴーラブルは崩れ落ちた。そして恨めしそうな目をこちらに向けるも。首のところから黒い粒子に変わっていく。


「はああぁぁ……」


 俺もその場に座り込む。

 なんとか勝てた。戦闘中は時間の感覚が狂う。アドレナリンのせいか短く感じたが、実際は三十分以上かかっていたようで、どっと疲れが襲ってきた。左手の中の折れた鉈を見る。力比べをしたせいで左手がブルブルフルえていた。


「モォォ……」


 最後の足掻きのようなか細い一鳴きを残し、アンゴーラブルは完全に黒い粒子に変わっていった。

 そして現れるドロップ。


 =【エピック・アイテム】《アンゴーラブルの毛》加工方法により特殊効果発現=


 んん、鑑定結果が……あ、《アイテム鑑定Ⅳ》にアップしたのか。


 =【エピック・アーマー】《ブルマント》アンゴーラブルの革のマント/回避力上昇=


 鑑定結果に説明が増えてた。このマント表面は皮感そのままの茶色なんだが、裏面が目の覚めるような赤だった。形は闘牛士の纏うソレだ。

 丈が腰あたりまでしかなく、マントというかケープみたいだ。人前で着るのはちょっと恥ずかしいかも。

 しかしなんと回避力上昇という特殊効果付き。装備しない手はない。


「よし、これでこのダンジョン踏破だ』


 喜びいっぱいに開いた奥の扉を見る。


「下り階段ですにゃ」


 先に向かっていたタマが振り向きながら伝えてきた。


「え?」

「まだ下がありますにゃ。アンゴーラブルはガーディアンではなかったようですにゃ」


 できたばかりの裏山ダンジョンと、すでに一月以上経っている生狛ダンジョン。


 俺はなんで同じ十階層だと思ってたんだろうか。


 頭の中でアンゴーラブルがニヤリと笑いながら「いつからここが全十階層だと思っていた?」なんて告げてくる幻が……


 くっ。今日はこれ以上の探索は無理だ。一応十一階層に転移できるように階段を降りてからマイボス部屋に転移した。







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