第29話 引越し

 

「お兄ちゃん、たまが、たまがいなくなっちゃった」


 電話の向こうからひなの焦った声がきこえた。



 食後あわただしく家を出たおれは、最寄りの小さな駅ではなく、特急の止まる駅まで親父が車で送ってくれた。

 そしてようやく指定席に落ち着いたとおもったら、ひなからチャットアプリにコメントの嵐が。


 ピロン。

 

『おにいちゃん』


 ピロン。


『たまが』


 ピロン。


『たまが』


 ピロン。


『たまがいない』


 ピロン。


『どこかに』


 ピロン。


『いっちゃった』


 ……一言書いて送信するな。まとめて書けよ。


 それと知ってるし。ガーディアンは俺から離れられないんだから、俺と一緒にいる。

 姿を見せずにマスターに引っ付いていられるスキル【シャドウハイド】というのがあってだな。ダンジョンマスターの陰に潜んで守るんだそうな。

 これはダンジョンマスターのネームドモンスターとなったガーディアンの特有スキルだ。


 俺はせっかく座った指定席から立ち上がり、連結部へ移動して、今ここ。

 ひなに電話をかけている。


「ひな、あせるな。知ってる」

『え、なんで知ってるの』

「俺のボストンバッグにもぐりこんでた」


 ということにした。


『ええ~~』

「とりあえず戻ることもできないから連れてく」

『お兄ちゃん、寮ってペット禁止だよね。どうするの?』

「今期から寮出てアパートに引っ越したからなんとかなる。もう切るぞ」

『あ、お兄ちゃ、プツ、ツー、ツー』


 スマホの通話を切り席へ戻ろうとしたとき、 ピロン。 ピロン。 ピロン。と続けて着信音がなる。

  待受の通知を見たが、そのままポケットに携帯をしまう。


 ひな。着拒にするぞいい加減。





 前年度の二学期、実習中に誤ってスキルスクロールを開いてしまったことから、俺の学校生活は灰色に染め変えられた。

 二年度ではスキル習得を禁止されていたこともあり、一部のクラスメート、主に同じ班のメンバーからいじめを受けることになった。

 俺が手に入れたスキルはコモン星二つの〈灯りライト〉。

 ランタンや懐中電灯よりも光量があり、ちらつきも少ない。

 本来取得できないはずのスキルを取得してしまった俺に、スキルを使わせないようにするのが筋ではないだろうか。

「灯りで照らせ」と言い出した班のリーダーである前橋に、教官は注意することなく黙認した。

 以降俺は班の〝灯り係〟となり、ほぼ戦闘に参加できなくなった。

 成績が落ちたというか、戦闘しないとレベルが上がらず、身体能力が上がらなかったた。周りが上がるのに俺は据え置きという状態で進級すら危ぶまれたのだ。


 だがそれもこの春休みで状況は変わった。


 日本探索者協会立第三迷宮高等専門学校──迷高専は全寮制ではないが、全国に五校しかない現状では、生徒は全国から集まる。

 必然的に他府県から生徒が集まることから、通学範囲に住んでいる奴なんて指で数えられるほどだ。

 当然寮もあるが、全校生徒分とはいかない。

 抽選に漏れたやつは近くに下宿先を探す。寮費は無料なのだが、寮の抽選に漏れた者には補助金も出るという太っ腹な学校だ。


 幸いなことに周辺には格安の賃貸物件がおおい。

 学校のあるダンジョンは一般探索者は使用できないが、公共の交通手段を使っての移動一時間範囲内にいくつかダンジョンが存在する。

 特に五大ダンジョンと呼ばれる未制覇の百階層越えダンジョンの一つが近いおかげで、探索者向けの賃貸住居も豊富だ。


 前年度は迷高専の学生寮に入っていたが、今期は継続せずにすこし距離はあるが賃貸アパートに移った。


 寮はバストイレキッチン付きの四人部屋だったが、帰省まえに変更した。

 クラスメイトと同室なんて真っ平ごめんだ。

 ルームメイトにシカトされるくらいならまだいいが、物を壊されたり隠されたりが酷かったのだ。

 犯人はルームメイトではないところが、始末が悪い。

 ルームメイトが犯人を部屋に入れるので防ぎようがなかった。

 よって俺は寮を出ることにした。


 新しい住処は築四十五年の木造二階建てのアパートである。昭和のアパートが現存していたのには驚いたが、その家賃にも驚いた。敷金礼金なし、電気水道の光熱費込の月二万円である。ちなみにガスはない。オール電化と言えば聞こえがいいが探索者向けのマンスリーアパートに変更した時、撤去したと協会の住居担当の人が言ってた。

 ここは協会が斡旋してるアパートの一つだ。

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