第10話 誕生日

 

「ただいま~」

「おかえり、お兄ちゃん。免許証見せて見せて」

「ひな! お兄ちゃん帰ってきたばかりなんだから休ませてあげなさい。おかえり大和」


 俺を迎えに玄関までやってきた妹のひなは、今日探索者免許証を受け取ってから帰ってくることを知っていたので、見せろとせがんできた。

 そこに母さんがやってきて俺のボストンバッグを受け取りつつ、ひなを諌める。


「ご飯できてるから、手を洗ったらいらっしゃいね」


 お袋はボストンバッグを持ったまま洗濯機へ直行した。そんなに洗濯物貯めてないぞ。

 ダイニングへ行くと父さんと爺ちゃん婆ちゃんも揃っていた。


「みんな仕事は?」

「畑は午前中に済ました」

「大和の誕生日なんだから」


 見ればテーブルの上にはホールケーキに1と8の形の蝋燭が立っていた。


「「「「「お誕生日、そして免許合格おめでとう」」」」」


 パンパンとクラッカーが鳴らされ、紙テープが舞い飛ぶ。


「ガキじゃないんだよ」


 そう言いつつも、居心地の悪い学校生活から暖かな家族に囲まれる場所にきて、思わず目から汗が滲んだ。

 テーブルの上には所狭しと、俺の好物が並べられていた。


「どうだ、学校の方は」

「うん、まあまあ、かな」

「いいなあ、私も来年受験したいな」


 父さんの言葉に曖昧に答えたが、ひなが被せ気味に父さんに上目使いで訴える。


「ひなは女の子なんだから」


 爺ちゃんが諫めるが効果はない。


「今時は女性のAランカーだっているんだよ、お爺ちゃん」

「大和と違ってひなはねえ、試験に合格できるかしら」


 母親の言葉にひなが詰まる。どうも模試の結果はD判定だったらしい。


「まだあと一年あるもん」

「……迷高専の試験は一般より早くて12月だから、一年ないぞ」


 俺がぼそっと呟くと、ひなはなんともいえない顔をした。


「きょ、今日はお兄ちゃんの誕生日なんだから、そんな話はね」


 誤魔化すひなに乗るように父さんが笑いながら、大きな箱を取り出した。


「父さん達からの誕生日祝いだ」

「ねえねえ、開けてみて」


 ひなが肘でツンツンついてくる。プレゼントは一人部屋で開ける派なんだが。

 シックな包装紙を開くと真っ白な箱で、商品名も何も書かれていない。


「早く早く」


 ひながさらに急かしてくるので、箱をひなから見えないように抱え込んで蓋を少しだけ開けた。


「あ……」

「すごいでしょ、それ五菱のエントリーもごもご」


 蓋を開ける前に中身をバラそうとしたひなの口を母が塞いだ。

 そこにあったのはブーツとベストだが。


「五菱のリザードシリーズ?」


 五菱グループの系列会社で探索者の武具を専門に作っている五菱Dマテリアル。ドロップ品の素材を使ってダンジョン用の武具を作っている、日本で五指に入る有名どころの会社だ。


 リザードシリーズはリザードという蜥蜴ににたモンスターの革を使った防具で、エントリーモデルのウルフシリーズ、ハイエンドモデルのトロールシリーズと並び有名なスタンダードモデルの防具だ。


「これ……」

「これからどんなスキルをとるかで戦闘スタイルは変わるでしょ。でもブーツとベストならどんなスタイルでも使えるよ」


 自慢げにひながいう。選択にはひなの意見が過分に含まれているようだ。


「武器はダンジョン外の持ち歩きができないから、防具だったら問題ないだろう」

「これが私らに変わって大和を守ってくれるといいねえ」


 爺ちゃんと婆ちゃんが笑いかけてくれた。

 ブーツとベストだけでも五十万は超えるはず。


「探索者になったんだから、ちゃんとしたものつけてくれた方が、親は安心するのよ」

「父さんにもこれくらいの甲斐性はあるんだ」


 両親は最初迷高専を受験することを反対してた。許可はくれたが今も賛成ではないと思ってた。


「お前が進む道を、家族で応援してるぞ」

「あ、ありがとう」


 挫けそうになってた、消えそうになっていた自分の心の灯火に家族の応援というガソリンが注がれた。


 中退か転科の選択肢はここでキッパリ捨てていく。

 あいつらに屈してなんかやるもんか。

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