影武者

ネコ エレクトゥス

第1話

 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。


 今日は2014年の2月8日。最近ある作曲家のゴーストライターという存在が世間を騒がせているらしい。色々事情はあったのだろうが困ったことをやったものだ。そんなことをしても誰の得になる訳でもないのに。と偉そうなことを言ってみたが、実は俺もつい先日ある著名人の影武者を務めたのだった。こんなことを告白するのは俺自身の全人格を否定するようで辛い。しかしあの時起こったことを包み隠さず知ってもらうのが俺の義務だと思うから、後で当然起こるであろう俺に対する非難や社会的懲罰は承知の上で全てを告白したいと思う。


 1月ももう終わるかというある日、俺は仕事を依頼されたのだった。何でも非常に有名な人物が急病になって間近に迫った大仕事をこなすことができなくなり、俺にその影武者を務めてほしいとのことだった。何故俺に白羽の矢が立ったかというと世間からよく顔を知られている人物ではまずいし、それに経費もかけたくなかったかららしい(余計なお世話だ)。その時ちょうど仕事もなく懐具合も寂しくなっていた俺はよく考えることもなしにその仕事を引き受けたのだった。全く軽率な判断だった。心の底から悔やんでいる。

 それでは俺をそこまで後悔させることになった依頼とはいったいどこから来たのか?それが何と海の向こう、人々の視線を引き付ける大都市ニュー・ヨーク。俺が代役を務めることになった人物とは?NFL最多の5度のMVPの受賞歴を持つ名クォーター・バック、ペイトン・マニング。俺に与えられた仕事とは?デンバー・ブロンコスの一員としてシアトル・シーホークスと戦うこと。そしてその決戦の舞台とは?第48回スーパー・ボウル!

 さっそく俺はアメリカへと旅立った。


 試合会場へと到着した俺はすぐにヘルメットを被せられたのだった。ヘルメットさえ被ってしまえば誰だか見分けがつかないだろう、とのことだった。「試合はこなせるのか」という問いに対しては「いつもテレビで見ているから大丈夫さ」と親指をあげて答えてみせた。だが俺はここで決定的なミスを犯してしまったのだった。ミスというのはつまりハーフ・タイム・ショーにレッド・ホット・チリペッパーズが出ることを知ってしまったのだ。「大好きなレッチリが生で見れる!」こう思うと他のことは全て俺の頭から消えていった。

 そんな俺の心理状態はすぐにプレーに現われることになった。試合開始直後のファースト・プレーで味方とのコミュニケーション・ミスから大失態を演じてしまったのだ。そこから一気に崩れたブロンコスはもう戦う余力を残していなかった。そしてブロンコスはスーパー・ボウル史上に残る大惨敗を喫したのだった。デンバー市民はおろかアメリカ国民、いや世界中を失望させたことを俺は痛切に感じ取ったのだった。失意の俺はレッチリを見たのかどうかすら覚えていない。

 足早にロッカー・ルームを後にした。


 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。

 何度も言うようだがあの依頼を受けたことを本当に後悔している。だがこんなことを告白してしまったせいでアメリカ人に袋叩きにされるかもしれないので、その時のために俺はこう言っておきたい。「あれは俺の影武者だったのだ。俺ならもっとうまくやるさ」と。

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