黒猫と少年の少女奇譚
くろいの
第1話 黒い異形
夕方の街並みが過ぎていくのを傍目に、俺は自転車で駆けていた。
秋の日はつるべ落としと言うだけあって、学校が終わる時間にはもう日が傾いていた。
十六時にもなってしまえばきっと真っ暗なのだろう。
幸い自転車を使えば家まで十分程度なので、完全に真っ暗になってしまう前には帰れる。
しかし、吹き付ける風が寒いったらありゃしない。しょうがないんだけども。
早く帰ってストーブにあたりたい。
ペダルを踏む力を強め、見慣れた住宅街を颯爽と通り抜ける。
途中空き地で見慣れた黒猫と目が合った。
合った途端こちらに寄ってきてしまったので、やむを得ず自転車を降り、黒猫を抱きかかえた。
夏休みくらいに初めて会ったのだが、その時に懐かれてしまったようで、こちらの姿を見つけたら必ず近づいてくるのだ。
原因は絶対食いかけのチーズ落として、それを食われてしまったことだと思ってる。
「こんな寒い日にもご苦労なこって」
来た以上は撫でるくらいしとこうかと手を伸ばす。
いつも通りに適当に頭とか胴体とか撫でてみる。撫で方なんて全然わからないのだが、満足はしてくれてるようなのでよしとしている。
ひととおり終えた後、猫から離れて自転車にまたがる。すると猫は自転車のかごに飛び乗って、腕に多少の衝撃がきた。
もっと優しく乗ってください。まだ買って一年しか経ってないし。
「へいほー」
何がしたいのか分かっているから、雑な返事をして自転車を走らせた。
どうもこの黒猫は風を浴びるのが大好きなようで、今日も気持ちよさそうに風に吹かれていた。
これで寒くないとか、毛って凄いよな。
家の前で自転車を停め、黒猫が降りて、別れを告げてから家に入る。
これがたまに黒猫に会った日のルーティンみたいなものだった。
家の鍵を開け、中に入って早々にリビングのエアコンの電源を入れる。
自室から私服を引っ張り出してきて、あったかい部屋で着替えるのが秋冬の日常だった。
着替えてスリッパを履いたら制服を片付けて、テーブルで今日の分の宿題に取り掛かる。
大したことのない日常。
それは、合間に飲もうとしたホットココアが出来たすぐ後に崩れた。
突如何もない床から黒い何かが湧いて出た。
「なんっ!?」
マグカップが落ち、割れる音がする。
破片に黒い何かが伸びていき、やがてそれは破片を
ばり、ぼりと咀嚼音のようなものが聞こえたような気がした。
まずい。
直感的にそう思った俺は、すぐさま外に出ようとした。
しかし玄関に通じるはずの引き戸が開かない。
早々に諦めて庭に面した、扉並みに大きな窓を開けようとするも、微動だにしなかった。
「マジか、マジかマジか、あぁー!?」
異様な気配、嫌な予感がして後ろを振り返ってみると、黒い何かが異形を象っていた。
人間に成りかけているような姿のぐにゃぐにゃとしたそいつには、二つの赤い目があり、全体的に液体のような質感、光沢を持っていた。
ちょっとしたぬいぐるみ程度の大きさではあったが、人間で言えば両手にあたる部分に刃物を有していた。
というか、手、腕自体が刃物だった。腕から伸びている細く平たい刃は、見ただけで恐怖を湧かせる。
そいつと目が合ってしまったのだが、マジやばくね?
ぼうっと思った時には、そいつはこちらに飛びついてきて、腕を振り上げていた。
あびゃー! などとワケの分からん叫びをあげながらも、俺はそいつを思いっきり殴り飛ばしていた。
飛んでいく異形は白い壁に当たって、べちゃりと粘着質な音とともに、壁に黒い染みを残して消えていった。
「あばばばばばば」
処理が微妙に追いついていない俺の頭は未だに恐怖を訴えており、体がガクガクとふるえていた。
そんな状態で対処できただなんて、褒められてもいいくらいじゃないか?
まあ、褒めてくれるような人なぞ今この家にはいないのだが。
ある程度震えてようやく落ち着いた頃には、床を埋めていた黒い何かはなくなって――いなかった。
……またあの変なのが出てくるんじゃないだろうな。
出てきてしまった。
「ふっざけんなあー!」
踏んづけた後に窓を開けようと再チャレンジするが、全然開きやがらない。
早くこの部屋っつーか家から逃げたい。
あんなので斬られたら絶対殺されるって!
……命のためなら、窓壊してもいいよね?
いや、でも蹴りであしらえちゃった異形(今)から逃げるためだけに壊すのってアリなのか?
うんアリだわなんか一度に三体出てきちゃったよし逃げる!!
窓ガラスにタックルをかまして無理やり割る。
もしかしたら割れないんじゃないかとちょっと思っていたけれど、そうはならなくて本当によかった。
ガラスの破片がちらばった草むらに倒れこみかけたが、どうにかそうならずにすんだ。
体の痛みを堪えながらガラスを踏みつつ庭を抜け、自転車を駆り出す。
普段から鍵をかけてないおかげで今回は助かった。
後ろを見てみたら案の定追いかけてきていた。三体がかりで。
殺意豊かだなこんちくしょー!
俺は自転車に乗り、暗くなった街中を走り出した。
黒猫と少年の少女奇譚 くろいの @blackrabbit5555
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