第11話

「女の子肩車してル、男のマヌケ面、見た事ナイ?」


市場通りの果物屋前で呼び込みしているバイト店員に、昨夜から行方をくらました義眼の男レイジについて、ワングの家族と一緒に撮ってある『写真』を見せて、何か心当たりがないかと尋ねてみる。


「あー、どっかで見た事があるような……」


「ホント?」


「無いような。自分バイトなんすよね」


曖昧な言葉に半笑いの笑顔。このバイト店員は苦手なタイプだ、と瞬時に感じた。


「つーか、マジ絵が上手いっすね。バイトなんで絵心ないっすけど」


怠そうな眼つきで写真を見つめるバイト店員の反応からレイジの情報が一切得られず、時間だけがただ虚しく刻々と過ぎていくだけであった。

半刻ほど青空から照りつける直射日光に当てられていたワングは、ツルツルの頭頂部からプスプス、と煙を上げてうだっており、すでにレイジ探索への意欲は失っていた。

バイト店員に銀貨を五枚渡し、店先のメニューに載っているパパイヤジュースを注文する。


「あ、もういいんすね……ジュースはアイスとホットがあるんすけど」


「ジュースにホットあるカ!」


「自分バイトなんで、その辺は確認したかったんすよねえ」


にへら笑いをしながら謝罪し、慣れない手つきで並べられたフルーツの列からパパイヤを鷲掴んでバイト店員は奥へと行ってしまった。


「(モウッ! ボク、人探ししてるヒマなイ! どうしてタダ働きしないといけないカ)」


暑さへの苛立ちも合わさり、眉をひくつかせて右足をガタガタ揺すっていると、店の奥から無気力な歩き方でバイト店員が戻ってきた。


「あの」


「今度はナニ!?」


腹立たしい気持ちに抑えがきかず、急かすようにバイト店員を怒鳴りつけると、ポリポリと頭を掻きながらメニュー表を提示してきた。


「サイズはスペリオル、ヒュペル、ウルティマのどれっすか」


「は? な、何ガ?」


「選んで下さい」


戸惑いながらもメニュー表を閲覧していると、背後の方でやけに騒がしい足音と、賑やかな会話が左から右へと風のように吹き抜けていく。

雑踏の行先が気になり、ワングはバイト店員に「フツウ」でとメニュー表を押し付ける。


「ーーおい、広場ってどっちだ?」


「このまま道なりらしいぜ? 急がないと彼処はスポットだからさ、間に合わなくなるぞ」


「マジかよ、もう無理っぺーな」


振り返ってみるとどうにも周りが落ち着かない様子で、遊び慣れた雰囲気の若者達がクレアシオン広場方面へ繋がる緩やかな坂道を慌ただしく下っていくのを目にする。


「今日、オマツリ?」


「いや、バイトなんでちょっと分かんないっす」


「(……ま、チョット覗いてみるのも良いよネ。冒険家も見つからないシ)」


野次馬精神を掻き立てられたワングは周囲に混じってそのまま流れに乗り、クレアシオン広場へ意気揚々とスキップしながら向かって行った。


§


「はいはい、どいたどいた。地元の勇者、スレイルが見参したよー。いたッ、オバちゃんどいてッてば」


円状の海水に取り付けられた囲いから、人が溢れ出てしまいそうな民衆の波に行く手を阻まれている、ピンクのアロハシャツを羽織った中年の男性がいた。


「ちょっとー! がやがや言っとらんで通して下さいよっ!」


喉が張り裂けそうなスレイルの叫びも虚しく掻き消されていくだけで、民衆という荒波の前にはなす術なく呑まれてしまい、押され、叩かれ、蹴飛ばされて追いやられるように流されていく。


「あ、痛ッ! み、水虫がッ! やめてぇ!」


「げっ」


「……おや、道が独りでに」


都会認定の、六方に光が放たれる太陽マークが入った『ポリスハット』が効力を成したのか、次第にスレイルを中心に距離を離す人々。


「やっと僕の立場を理解してくれたらしいな……」


みみっちい優越感に浸りながら、本日も小さな正義を執行する為に神殿へと足を急がせる。


「何だ駐在さんじゃないか。また都会から来たお偉いさんかと思ったぜ」


最前列の囲いまで来ると、鉢巻を締めたガタイの良い魚屋の店長が、ほっと安堵した表情で真横から肩をどついてきたので、忌まわしそうな眼差しで見つめながら殴られたところを痛そうにさする。


「誰が駐在じゃ。で、何があったんです? こんな群がっちゃって」


「天に唾吐くような暴行だよ」


魚屋の店長が指し示す方へ目を凝らすと、光の防護壁<バリア>の先にミシムナ城から派遣されている守衛の一人が、蓮の道の途中に建てられた門に吊るされていた。

片方の守衛が唇を噛み締め、怒りを表しつつも丁重に彼を降ろしているのが視線に映る。

吊るされていた守衛の意識はなく、無残にも口を縄で縛られたまま声を出せないように猿ぐつわをされた後、胸部を弓で射抜かれた矢傷に、犯人の残忍で陰湿な性格が垣間見える。


「ーー失礼、相手の顔は見えましたか?」


神殿への道を閉ざした光の壁に密集する観光客や地元民の中で一際目立つ、夏季の太陽を真正面から挑発する黒一色のスーツを着た三十代半ばの男性が、ハンカチで顔を拭いつつ守衛に尋ねている。


「君には関係ない! 早く道をあけておいてくれ」


「(あれは、タチバナさんと同じスーツ? 都会でも上流階級だけの……)」


囲いに跨って目を細めているスレイルは、無精髭を生やしたダンディな面構えを見た瞬間、見覚えのある男の名前がフラッシュバックした。


「私は『都会』から来たサイトウという者だ、ほら証明書」


スーツの色に合わせた黒革の手帳を懐から取り出して、純金で書かれた都会の太陽マークを見せて身分を証明すると、ようやく守衛は吐き捨てるように事情を喋り出した。


「突然何処からか矢が飛んできたんだ! 俺も眠らされて顔なんて見てる暇も……クソッ」


「そうですか。彼を搬送したら安全な場所で、詳しく話を聞かせていただけませんか?」


§


門兵に頼んでミシムナ城正面口の橋を降ろしてもらうと、城の塀で遮られていた陽の光が燦々と照らしつけてくる。

急激な明るみに出たミネルヴァは、寝不足の状態で頭に血が上っていたこともあり目が眩んでしまい脚をふらつかせる。


「(ちぃ、盗賊風情が……冒険者を気取るな……あんな奴が……)」


『ーーミネルヴァ、今度は何処に行ってみたい? あの島なんていいんじゃないかな』


ふと蘇る遠くに過ぎ去りし男の声。

ミネルヴァは無意識のうちにボソッとその声に返事をすると、心なしかあの日に帰ってきたような、夢心地になっていた。


「うん……でも、あそこは前に……」


子守唄のように穏やかな浜辺の波音に、鼻をさす潮の香り。

意気揚々と肩を揺り動かす父の背中におぶさりながら、少女は眠たそうに目を閉じていく。


『あなた、ミネルヴァは疲れてるのよ。寝かせてあげましょう?』


「そ……そんな事……」


華奢な身体の女性は波風に赤髪の長髪をなびかせながら、沖に見える島々を子供のように指を差してはしゃぐ父を優しく叱りつける。


『はは、そうだな。ミネルヴァが一番はしゃいでいたものな』


『ええ、親子揃って血は争えない。きっと……』


「ーー大丈夫ですか? ミネルヴァさん」


肩を掴まれハッと我に返ったミネルヴァはタチバナの呼び声に生返事をして、肩に掛けられた手を振り払う。


「何やら辛そうに呟いていましたが、随分お身体の具合がよろしくないようですね」


「何でも無い。いちいち私に関わるな」


相手の心情を踏み入るタチバナの喋り方に、眉を釣り上げて不快な表情を向ける。


「(……大臣代理か。私はどうもコイツが信用出来ない)」


狂気じみた笑顔を固定させたまま、紳士的な動作でミネルヴァから軽やかに距離を置いていくタチバナ。


「あまり彼を悪く言わないで下さいね。噛みつかれるかも知れませんよ?」


「精神力を微塵も感じない、あの凡俗が何だと言うんだ」


「ふふっ、そうですねえ……パラディンであるミネルヴァさんには関係のない話でした」


「ちぃ」


ミシムナ城へ戻って行くタチバナの背を睨みつけ、度重なる苛立ちの連鎖に句点を打ち込むようにして舌打ちをする。

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