第10話
黒金の鎧を纏ったリーダー格の女性を筆頭に、仲間の騎士達を大勢率いて、汗臭い男性宿舎の廊下をギシギシと軋ませながら目的の場所へと進軍していく。
「な、なんだ? 何事だよ。女騎士達が何勝手に……」
大人数の騒がしい足音に、夜勤明けで休憩していた男性騎士の一人が部屋から飛び出し、尋常ではない様子に慌てふためいているとリーダー格の女性騎士が猛然と突き掛かってきた。
「ブッチャーの部屋は何処だ!」
「あ、あっちだけどさ。お前ら……うぉっ」
下着一丁のはしたない格好にも怯まず、男の指差す突き当たりに見える扉へ向かって雪崩のように麗しき女騎士の列は歩を進ませる。
「な、いきなり危な……」
「邪魔!」
般若面をかぶった形相の女性陣に尻込みした男は、巻き込まれないように自身の部屋へと追いやられていった。
「ここね、準備は良い?」
「はいッ」
建て付けの悪い半開き扉のドアノブに掛けられた、ブッチャーのネームプレートを睨みつけ、女性騎士の一人が大声で怒鳴りあげる。
「おいたが過ぎたわね、ブッチャー! ミネルヴァさんの部屋を荒らすなんて、覚悟なさい変態デブッ!」
悪臭が漏れてくる扉を、リーダー格の女性騎士は勢いをつけて蹴飛ばし部屋の中に入ると、何日も放置されているのであろう、散乱した私服や大量の食べカスが彼女達に嫌悪感を与える。
「奴はいないようね……」
舌打ちしつつ積まれたゴミ山を掻き分け辺りを捜索していると、窓際近くの壁に似顔絵とは異なる、タオルで汗を拭うミネルヴァの姿を、そのまま風景を絵に捉えたような小さな紙が、びっしりと大量に貼られているのが目に入った。
「これは『写真』だったな。まさかタチバナ様も一枚噛んでいるのか?」
「先輩……私、うぅ……吐きそう」
予想していたより遥かに上回る腐臭と光景を目にして、口元にハンカチをあてがいうずくまる騎士が複数人出てきてしまった。
「少し待って、すぐ臭いを消すから」
リーダー格の女性騎士は掌に精神力を集中させ、部屋の中央にて青白いオーラを纏った手の平を真上に掲げ、霧状のエネルギーを放出させると忽ち汚物から漂う臭いは無くなり、鼻をつまんでいた騎士達はほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます……」
「無理はしないで。生理的に受け付けないのは私も同じだ」
「ーー先輩! 妙な物が見つかりましたよ!」
騎士の一人がガラスの割れた奇妙な黒い箱を重そうに抱えながら持ってきた。
「それも『都会』にある物品ね。どうして奴が……」
ヒビ割れたガラス面を覗いて、箱に取り付けられたボタンを弄るも反応は無く、リッタは箱を叩いて周りに苛立ちを見せる。
「駄目だ、使えない」
「先輩……」
「……ブッチャーは、もう兵士では無い。アルカイオス様に報告するぞ」
§
「ブッチャーさん。私、今から会いに行きたい人がいるんですが」
「知るかよッ」
ミシムナ城の裏門付近の人目がつかない場所にて、巨漢の兵士が切羽詰まった表情でタチバナの両腕を掴みつつ壁に押し付ける。
「てめえ……サッチに余計なモン渡しやがったな?」
血走った眼差しには慣れたような顔付きで、タチバナは柔らかい表情で微笑み返しながら艶やかに潤う唇を開く。
「貴方が彼に渡した報酬がありましたよね? サッチさんとはそれで取り引きをしただけです」
「野郎……! アレ仕掛けた後か? あ? アレを仕掛けた後にお前ら会ってたのか!?」
「クライアントとの情報は喋りたく無いんですけどね」
態とらしくタチバナの耳元で歯ぎしりを立てながら荒々しく鼻息をかける。
「タチバナ様よぉ、気取ってねえでサッチに何やったのか教えろよ。話さなきゃあ……」
含みのある言い方をした後、タチバナを押し倒して跨り、逃げ出さないようにのしかかって灰色に塗り潰されたスーツを無理やり引き剥がす。
「貴方が欲しい人は……私じゃないですよね」
「知った口聞くんじゃねえ、早く言わねえなら……」
整えていた髪が乱れて顔に零れ落ち、髪と髪の隙間から覗かせる、妖艶で挑発的な眼つきがブッチャーの情欲をかきたてるも、違和感を感じ取ると気持ちが一瞬にして萎えた。
「……あ?」
原因を探る為に仕切りに鼻をすんすんと鳴らして、ワイシャツ越しにタチバナの上半身を嗅いでいく。
「くすぐったいじゃないですか、ふふ」
「(コイツ……)」
「……まあ、良いですよ。教えてあげます」
タチバナは抵抗を見せずに、太陽にあてられ脂ぎったブッチャーの首に両腕を回し、引き寄せると耳元にそっと甘い声で囁く。
「『薬』です……サッチさんに渡した物は。彼に追いつきたいのなら貴方もどうですか……『ブースト』」
§
「遺産を盗めるつもりで神殿に侵入したのか? 恥さらしめ」
呑気にも敷かれたゴザの上に大の字で寝ている男へ尋ねると、鼻に紙を突っ込んだ間抜けな顔だけを上げて気怠く答える。
「盗む、つーかまず遺産を見てみたかったんよ。盗賊とは違って、トレジャーハンターってのは世界を股にかける冒険家だからな。好奇心に率直なのよね、俺」
「……大層な事を言ってるが、盗人となんら変わりない。目的は略奪だろう」
想定内の馬鹿馬鹿しい返答だった為、呆れながら冷笑を浮かべて椅子に腰を下ろす。
「もう同意は求めねぇよ、めんどくせぇし。でもさ……遺産がどんなもんか、ボブも気になんだろ?」
聞き慣れない呼び名にミネルヴァは首を傾げていると、レイジは身体を起こして立ち上がり、鼻から血で赤く染まった紙を引き抜いて丸め、牢獄内に投げ捨てた。
「遺産に興味は無い。それに私はミネルヴァだ、名前ぐらい覚えろ凡俗」
「何だよ、真っ赤なボブヘアーだったから親しみ込めて名付けたのに……」
ぼそりと呟いたレイジの一言に侮辱された気分になったミネルヴァは、鞘から『コキュートス』を引き抜き水平に構え威嚇する。
「死にたいなら早く言え。楽にしてやる」
「うわ、分かったからそれは引っ込めろよなぁ〜」
細い剣先から流れ出る冷気のオーラに、湿気がたまる蒸し暑い牢獄内でも背筋が凍りついてしまいそうで、冷や汗を滲み出しながら両手を上げ、首をブンブンと横に振りつつ後ずさりしていく。
「(ちぃ、いちいち癇に障る奴だ。自称冒険家の都会人か……直ぐにでも始末しておきたい。どうしたものか)」
レイピアを鞘に収め、黒いショートブーツの靴底でカツカツと苛立ちを奏でながらテーブルを見渡していると、一冊の古ぼけた本がミネルヴァの目に留まった。
「(これは……)」
擦れた字でタイトルが読めない程に年季の入った本を手に取り、無造作にページをめくっていると、牢獄内から明るみの増した声でレイジが話しかけてきた。
「ミネルヴァはロビンソン・クルーソー知ってるのか?」
「だとしたら何だ」
上機嫌なレイジとは相反し、一点の光も差さない濁った瞳で彼を睨みつけながら突き放すように返事を返す。
「ロビンソン漂流記、面白いよな!? な!」
「……知ったことか」
キラキラと子供のように瞳を輝かせ、鉄格子という名の柵に張り付くレイジに嫌悪感を抱き、感情に身を委ねて本をテーブルに思い切り投げつけた。
「あ、お前! それ定価で結構したん……」
「頭の中で一生冒険していろッ」
「あ?! うるせー! ヒス女! 本代弁償しろー!」
震わせた声で散々に罵倒した後、その場を走り去るミネルヴァに、レイジは鉄格子をガシャガシャと揺り動かし喚き散らした。
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