第9話
陽のシャワーが注ぐ王の間にて、荒々しく玉座に腰を下ろし、眉間に数ある細かいシワを寄せて頬杖をつくアルカイオス。
そしてその男に対し、昨夜地下牢獄に連行した男の処遇について、ミネルヴァは柄にもなく声を荒立てて異議を唱える。
「何故不問なのですか!? 奴は極刑にすべき屑、生かしておく価値など!」
「黙れッ」
両手で肘掛けを壊さんばかりの鈍い音を響かせ威圧するアルカイオス。
「……」
萎縮したミネルヴァは口をつぐみ、しんとした空間に気詰まりな空気が漂い始めると、穏健な態度に戻ったアルカイオスは、ミネルヴァに職の境界線を踏み越えるなと疲弊した表情で諭す。
「私の判断に口を挟むな。パラディンであるお前が関われるのは此処までだ」
「……失礼致しました」
直様片膝を折り、アルカイオスに深く頭を下げて謝罪する。
「まぁしかし、お前が不満を漏らすのは無理もない。ただ奴はタチバナと同じ『都会』の人間らしい」
「『都会』……奴が?」
「この世を束ねる最先端の技術力が集約された機械都市。世の中心である『都会』の人間には下手に手出しするな」
「……分かりました」
腑に落ちない顔で立ち上がり、軽く会釈して振り返った瞬間、背後からアルカイオスに呼び止める声が耳に入り、ピタリと条件反射で立ち止まる。
「ーー何でしょう」
「いやなに、門に彫られていた文字が読めたかどうか、聞き忘れていたよ」
「は……パルテノン、と」
「……ふふ、そうか。そうかそうか……それだけだ。呼び止めてすまんな」
くっくっと喉を鳴らして笑うアルカイオスに薄気味悪く感じたミネルヴァは、目を背けたまま早足でその場を立ち去って行った。
§
ミシムナ城地下牢獄。
暗い通路を頼りなく照らす仄かな蝋燭の灯り、蜘蛛の巣はあちこちに張っていて白骨化した遺体にまでも巡らせている。
中でも汚れが一際目立つ牢獄に、義眼の男が悠長にもゴザの上で胡座をかいていた。
「あぁ暇だッ!」
「黙るっぺよ、おめぇに人権はねぇ。大人スくスてな!」
痺れを切らしたのか、牢獄の柵に近寄って暇そうにガシャガシャ音を立てて揺れ動かし、カビだらけの古臭い椅子に座る甲冑男の気を引く。
「んにスても妙なモンばっかス持ってんなコイツ……何だよコレ」
今にも崩れ落ちそうな机には、捕らえられた男のポーチが置かれており、男の右眼に、黄ばんだ本や一枚の少女の写真、通信機器に色違いのビー玉が数個等々が散らかっている。
甲冑の男にはどれも一つ一つが斬新かつ新鮮な物に見え、好奇心をくすぐられていた。
「おめ、名前はなんてぇんだ?」
目玉を手に取り弄くり回しながら義眼の男に尋ねると、彼は柵に挟んだ顔を引き抜き、鼻の頭を親指で軽く弾いてから意気揚々と喋り出す。
「へへ、俺はレイジ! 歳は23でトレジャーハンターやってんだ、宜しくな」
すっと柵から腕を伸ばして握手を求めるも、甲冑の男はカクカクと頷いているだけで握手に応えてはくれなかった。
「珍スい名前だなぁ。聞いたことねェ」
「……で、アンタは?」
気が沈んだ小さな声でレイジは尋ねると、カッツェはガシャガシャと鎧を動かして、身の丈程ある細くて頼りない槍を突き出し構える。
「なしておめぇごときに名乗らなきゃいけねぇんだ!」
怒鳴り声を静寂の空気に乗せてぶつけると、レイジは呆れ混じりに大きな溜息をついて肩をすくめる。
「面倒くせぇ奴だなぁ、名前ぐらい言えんだろ」
「チッ……カッツェってんだ、覚えとけ」
「そっか……じゃあ、お互い名乗り合って対等になったワケだし、改めて仲良しの握手しようぜ、カッペ」
レイジは下げていた右手を伸ばして再び握手を求めると、分厚い籠手に包まれた右手で思い切り振り抜かれ、バチンと強烈な乾いた音を響かせる。
「カッツェだツンツン頭! ふざけてんと許さねぇど! ずぅ罪人のおめぇと対等なワケぬぇだろうが!」
「何語だよお前」
「むぁたバカにスたな?! でんめぇ……」
ヒリヒリと赤み帯びた掌に息を吹きかけていると、何かの気配を察したのか、レイジは柵から通路奥の暗闇を覗き見ようと顔をギリギリまで挟み込んでいく。
「待てよカッペ、誰か来るぜ」
「んだがらおめぇなぁ!」
仕様も無い会話に割って入る階段からの靴底音に、二人は口を閉じて黙り込み耳を澄ます。次第にカツカツと石床を蹴るようにして、肩をいからせながらミネルヴァが近付いてくるのが分かった。
「何だ、ミぬぇルヴァでねえが……相変わらず服さ真っ黒なわりに肌白だなぁ、おめぇ」
「(お、あんま気にしてなかったが、意外にコイツ……)」
堅実な性格を表したようなプロテクトシャツや、機動性重視のトレッキングパンツでも充分に色気が浮き出ており、慎ましく膨れた胸部にくびれた胴回りや、キュッと引き締まったヒップ。レイジは自然にさりげなく目線を配らせ、ミネルヴァのボディラインを細めた左目で眺める。
「ーーカッツェ、少し席を外してくれ。こいつに用がある」
そう指示を出すと、家畜を見るような冷ややかな眼差しでレイジを睨みつける。
背筋の凍りそうな視線を感じたレイジは柵に挟んだ顔のまま唸って、雰囲気を和ませるためにミネルヴァをからかうが、目にも留まらぬ速さで裏拳をクシャクシャの顔面に喰らわされた。
「おぐッ」
「上にいっがら済んだら呼んでくれ」
「ああ」
「は、鼻血が……紙無いっすか紙」
§
「ああッ! 全然映ってねぇじゃねぇか! あのクソアマ、神殿で寝泊まりしてんのか!?」
ゴミだらけのだらしない宿舎の一室にて、タチバナから貰った『テレビ』をガンガンと八つ当たりするように叩きながら、ミネルヴァの部屋を昨夜から覗き見ていた眼球の記録を閲覧していた。
「ちっ……こんな事なら風呂場に仕掛けろってサッチに命令すりゃあ良かったぜ」
部屋の埃を巻き上げる程の溜息をつくと、咳き込みながら『テレビ』に繋がった端末のスイッチを弄って早送りする。
テレビの中の時間帯がおおよそ深夜に回っても現れないミネルヴァに、巨漢の兵士は諦めの感情を抱いてティシュ箱を曇った窓ガラスに投げつける。
「糞がッ! 糞が糞が糞……あ?」
端末の再生ボタンを押して早送りを辞めると、眼球を仕掛けた張本人である小柄の兵士が、再びミネルヴァの部屋に入り込んでいた。
「サッチか? あの野郎……何で」
サッチはベッド付近まで忍び寄ると突然顔を見上げ、仕掛けた眼球を見つめるように歯を剥き出しながら口角を上げ、気味の悪い笑顔を向けてきた。
崩れた笑顔を見つめていると、サッチは眼球の向こう側で覗き見ているであろう巨漢の兵士に向けて、舌を出し中指を立てて挑発をする。
「野郎ッ」
巨漢の兵士が『テレビ』を握り潰さんばかりに掴んでも狂行は止まず、クローゼットにあるミネルヴァの下着を手当たり次第に漁り、気に入った下着をそのまま懐にしまっていく。
「あのッ、ぶっ殺すッ! 俺を舐めくさってんな……絶対にぶっ殺してやる!」
怒り狂う巨漢の兵士を嘲笑うように用が済むとお別れの挨拶に、また舌を出しながら中指を立て、十二分に視聴者を馬鹿にしてからその場を去って行った。
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