第4話

「早く観ようぜワング」


本島より南の方角にある小島にて、喧騒から離れうっそうとした林の中に、赤瓦の屋根が目立つ木造の平屋がある。

辺りはバラエティの富んだ蝉達の鳴き声が混じり合って合唱しており、昼間のカラッとした暑さを引き上げるのに一役買っている。


「アナタ、ホント変な物ばかりもてくるネ。娘達に見せる、ダメヨ?」


「大丈夫だってば」


一面畳張りの部屋に響く、心地よい風鈴の音色と爽やかな風に吹かれ、ワングの子供達はすやすやと気持ちよさそうに眠りこけている。

眠れる地雷を踏まずに珍妙な物体を抱えて歩く義眼の男は、掛け布団を三人姉妹へかけてまわるワングに、部屋の角に来るよう急かす。


「よ……いしょ……」


慎重な動作で腰を落としつつ、物体を隅の畳に置き終わると、ポーチから黒光りする、玩具サイズの小さな端末を取り出し、義眼を端末の窪みに嵌め込んで中継の端子を物体の背面に差し込むと、義眼の男は端末に取り付けられたボタンを鼻唄混じりに押す。

すると、物体のガラス面に上下にブレる景色が映りだすと同時に、画面の中にいる人達からの賞賛の声が物体の画面端から飛び出してきた。


「シィ! 娘達が起きるヨ」


眉をしかめて唸る娘達の様子を見て、音を下げるように懇願する。


「ああ、ゴメン。ちょい待ってろ」


怪しげな物体に取り付けられたスイッチの一つをいじり、慌てて音量を下げる。


「……時にコレ、誰のシカイ?」


ボタンを弄くり試行錯誤している義眼の男の隣に座ると、かじりつくように画面を見つめる。


「あん? ほら、今朝言ってた奴の」


つっかかりがとれない顔をしているワングに、今日発行された似顔絵つきの号外を手渡す。


「アイヤー、あのパラディンのネ」


「そそ。早速視界シンクロさせたわけよ」


記憶のモザイクが晴れ、スッキリとした顏で手を叩く仕草をする。

やがて一通りの器具の設置が出来たのか、仕上げに義眼の男は落花生の入った袋を拝借した椀に移す。


「はい準備OK」


「ちょ、ソレッご先祖サマのシッキの椀ヨ?!」


サングラスを頭にズラして目をパチクリさせながら、金粉ですり込まれた『王』の文字に怒りと哀しみに震えた指で差す。


「いっきしッ! わり、何か言ったか?」


「(この人、ぜたいタダじゃ済まさないヨォ……!)」


落花生の殻を割って中身を摘み、とぼけた顔で鼻をすすっている義眼の男への細やかな復讐を誓う。


「今から3時間ぐらい前だと、どの辺だ?」


§


「ミネルヴァちゃんは私達の誇りよー! 」「頑張ってえ!」「サインしてくれサイン!」


住民からの轟きわたる声援が飛んでくる中、ついにミネルヴァは悲願であるヴィエルジュ神殿へ歩を進める。

まずは、南部の蓮の道に控える二人の守衛に、最上位神官より貰える一枚の認可状と、パラディン資格証を掲示する。そして最後に守衛が懐から取り出した、無色のスライムを使った声紋認証で締めだ。


「ミネルヴァだ」


ミネルヴァの声に反応し、プルプルと波紋を立てて震えている。

結果が出たのか、二人の守衛はスライムが青色に変化していく様を見届け終わると小刻みに頷く。


「確かに。それではミネルヴァ様。ここから先は、『都会』やギルドの権力が存在しない、聖なる領域。自身を律して頂き、くれぐれも神官様に迷惑をかけぬよう、身辺警護に務めて下さい」


「無論」


蓮の道の先に見える、壮麗かつ威厳ある神殿を一点に見つめ、ミネルヴァを象徴する汚れ無き白の騎士靴で栄光の一歩を踏みだす。


「(……)」


蓮の上の歩き心地は良くないのか、ブヨブヨと柔らかく、足を踏み出す度に破けて海に落ちてしまいそうな感覚に、一瞬眉間をひくつかせてしまう。


「(……怯んでる場合では無いぞ、ミネルヴァ。今日という日をどれだけ待ち望んだと思っている)」


母のペンダントを握りしめ、自らを激励し、気持ちを奮い立たせ前進していく。


「(アレか。門は)」


着々と近づいてくる神殿の手前にポツンと設置されている、神殿と同じく頑丈な石灰岩で造られた、古風なアーチ型の門の前に一旦立ち止まり、小さなメモ用紙を手に取り門に彫られている文字を凝視する。


「(パルテノン、か。念の為にと思ったが、書き留める必要も無いな。記憶しておこう)」


胸ポケットにメモ用紙を戻して、早々に門をくぐり抜ける。


§


「(神殿内は水浸し……沈まないだろうか)」


入り口から真正面奥に見える祭壇の上に、真下の海から引き上げている噴水が設置されており、大理石の階段から水のせせらぎが聞こえてくる。


「お待ちしておりました」


ミネルヴァの眼前にある石柱近くにいる、純白の祭服に身を包んだ女性と目が合った瞬間、心待ちにしていたのか気品ある笑顔で微笑みかけられ、どす黒く焼けた肌の筋肉質な男にエスコートされながら歩み寄ってくる。


「初めまして、ディアナと申します。面識はあると思いますが、彼はモナン。貴方の先達にあたる者です。仲良くしましょうね」


純白な外見もさることながら、その上品な振る舞いがディアナの内面を映しているようだった。端麗な表情にミネルヴァは尻込みしながらも挨拶していく。


「本日よりパラディンを務めさせて頂く、ミネルヴァと申します。改めまして、宜しくお願い致します」


二人の前に跪き深く頭を下げて敬礼する。


「ああ、よろしく頼む。概況を話しておきたいから、正方形の扉が見えるだろう? 部屋で待っていてくれないか? 私もすぐに向かう」


顔を上げてモナンの指が示す右奥方向を見ると、神殿とは似つかわしくない近代的な扉が四つ並んでいた。


「(奇妙な扉だ、後付けしたにしては……)」


「ミネルヴァさん」


不思議そうに奥の扉をまじまじと見つめていると、肩に手を置かれた感触で我に返り、再びディアナへ頭を下げると耳元近くで、囁くような優しい声色で扉についての忠告を受ける。


「象形文字が書かれた部屋には入らないで下さいね? 私達でも迂闊に近寄らない、大賢者様の遺産が眠る部屋なので……」


「は、心に留めておきます」


§


「む、無理ですよ! それに彼女は神殿に……」


「あいつはまだ一週間くらい宿舎から通うって話だ。いいからやれ。てめぇが無理かは知らねぇんだよ。金はやるからよ。こういう浮き足立った時が隙を見せるんだよ、バーカ」


ミシムナ城内裏門にて、門番である気弱な一人の兵士が、巨漢の兵士に小包を無理矢理握らされ、仕事を受けてほしいと依頼される。


「俺が女性宿舎に行っても興奮してバレちまうからよ、お前しかやれないんだって」


「そんな、こんなのどうやって取り扱えばいいんですか?! 『都会』の物なんて……触った事ないのに」


脅迫めいた言葉に恐怖を抱き身震いしていると、青白い顔を包むようにして、巨漢の兵士の大きな両手に挟み込まれる。


「天井に投げるだけだ……お前も見たいだろ? 憧れのミネルヴァ様のあられもない姿をよ」


「僕は嫌ですよ! 見つかったら僕はぐ……」


断られる前に、巨漢は彼の小さな顔を両手でパチンと挟み込む。


「やんなきゃオメェ……ブッ殺すぞッ」


両手の挟み込む力を徐々に強めていきがら脅喝し、小柄の兵士の精神を追い詰めていく。


「……ぐぐ……」


薄れゆく意識の中、巨漢の兵士の背後で行方を見届けている者に、助けを求める表情で見つめるも、傍観者としてヘラヘラと笑みを浮かべ返してくるだけ。自分に味方はいないと観念し、弱々しく頷くと両手に潰れかけの顔がようやく解放された。

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