第2話
飲み騒ぐ同僚の声を背に、燻製小魚をチビチビとかじって、オリーブオイルの仄かな風味を味わう。
「パーティではしゃぐのはガラじゃなかったか?」
煌めく星の海をしんみり眺めていると、アルカイオスが側にある手すりに、千鳥足でもたれかかる。
「と、とんでもない! 楽しんでおります、あり……」
「かしこまるのはよせ……」
「……は」
詫びる前に額を指で突かれてしまう。
「『代わり』と言うのはなんだがな、私はお前を娘のように……仲間内からはそういう扱いを妬む者も少なからず……」
たどたどしい口調で話すアルカイオスの言葉。
やけに遠回しな言い方だが、おおよその見当はついていた。
「気にしておりません。私もアルカイオス様を父と慕っております。身寄りの無かった私をここまで育てていただき、感謝しております」
「……まだ父親を恨んでいるのか?」
問いかけに対して暫し間を置いてから、胸元に掛けたペンダントの写真を、蔑むような眼差しで見つめ、怒りに震わせた声で忌むべき存在を語る。
「父と呼ぶに値しない男です」
「……形見のペンダントは、見たところ大切にしているようだが」
「これは、母が唯一持っていた遺品。好き好んでこの『都会品』をはめているわけではありません」
解せない、と言わんばかりに不精髭を蓄えた顎を撫でるアルカイオス。
ミネルヴァは瞳を閉じて、父を想い大切に所持している形見では無い、と告げた。
愛する母の遺した、この世で一番に嫌う男の『写真』が入ったペンダント。写真を外そうと、何度も写真を引っ掻いたような痕がチラリと見えたアルカイオスは、彼女の複雑な心情を汲み取った。
「分かった。もう聞かんよ。悪かったな、不快にさせた」
「いえ、そのような事は」
「……」
成人を迎えた彼女は、儚げに映る端麗な顔立ち。
年が重なるにつれ、父親に似たその鋭い視線に、アルカイオスの中でより感慨深い想いになった。
「話を振っておいて言うのもなんだが……父親のことは今は忘れておいてくれ。それはそうとなーー」
ミネルヴァに耳打ちしている王を遠目に、あらぬ場面に部下が二人盛り上がる。
その内一人の、豚のような体型をした野蛮な目つきをした巨漢が、ゾッとするような下品な笑いを浮かべ、同僚の肩へ強引に手を回し口を開く。
「あれは、おい。やっぱデキてんよなあ、王サマ。二等兵クラスが一気にヴィエルジュ神殿のパラディンだぜ? やらしい女だ。やらしいやらしい……」
「ミネルヴァとか? あんな冷たい女のどこに惹かれるんだよ。馬鹿か」
全くもって彼女を理解していないような発言に、同僚に対して呆れたような物言いで、巨漢は軽く小突いた。
「馬鹿が。ああいう性格だから一回だろうが十回だろうが、わけなくヌげるんだぜ。ましてや相手は王サマ、出世も確実だろうなぁ、ぐふふ」
「要は『お前』も、ミネルヴァと『お近づき』になりたいんだろ?」
眉をくいっとあげ、嫌味っぽく巨漢に指摘すると、図星だったらしく、下卑た笑い声を更に高らかに響かせて、同僚の背中をバシバシと思い切り叩いた。
「俺には分かるねえ……かってぇ服で隠しちゃあいるが、あれはかなりの雌だ。なんとしても味わってみてえ」
「お前の欲も雄犬なみだよ、クソ」
ひりひりと痛む背中を、忌まわしそうな表情でさすりながら、脂ぎった腹部を揺さぶり大笑いする巨漢。
§
『いいか? ミネルヴァ。ヴィエルジュ神殿の門に彫られた文字を読んで、内容を聞かせてくれ、ただそれだけだ。呉々も周りには密にするのだぞ』
「う……くッ」
『お前にしか出来ない』
耳元で呪文のように囁く、アルカイオスの言葉が頭に染み渡る。
ベッドから飛び起きるように上半身を起こし、枕元に置いてある時計の時刻を見て、ミネルヴァは安堵する。
まだ朝の五時。昇り始めた陽の光もまだ弱い。
ホッと溜息をつくと、昨夜のパーティの余韻に浸る。
「……」
『お前になら出来る、お前にしか……』
昨夜の囁きが頭痛となって、酔いが回っているのだと実感し、気怠い動作でベッドから離れて冷蔵庫に向かうと、昨夜の為に冷やしておいた、プラスチックの容器を取り出し、喉を鳴らして一気に水を飲み干す。
「(一体何を……いや、気にするな。たかが文字の内容を報告するだけだ)」
あろうはずも無い疑念を振り払うように頭を振って、シャワーを浴びに宿舎の浴場へと歩を進めていった。
§
依頼主と待ち合わせる為に、アルカイオスの騎馬像を目印とした殺風景な広場にて、ワングと談笑しながら暇を潰す。
会話が途切れかけてきた頃、こんがり日に焼けた島の子供達が、ワイワイと希望に膨らませた笑顔で、義眼の男とワングを囲むように集まってきた。
義眼の男は子供達の頭を撫でつつ、依頼主である、麦わら帽子を被った少年に、ポーチから小さな木箱を手渡すと、子供達は興奮して跳ね上がり、大いに喜ぶと、飛びついていくる。
「ありがとう兄ちゃん達! さっすがはトレジャーハンター」
「あたぼうよ! こっちはプロだぜ、な?」
「よく言うネ。お、重……あ! サングラスはダメ!」
得意そうな顔で子供達を抱え、自分の名前を広めるように懇願している。
その横では子供達に押し倒されたワング。サングラスを弄くられており義眼の男に助けを求めるが、案の定、子供達の歓声に掻き消されてしまった。
「ーー近頃の子はエンリョって言葉を知らないヨ。可愛いけどネ」
「お宅んとこの三姉妹よりはマシだろ」
「娘は娘」
「なんだよソレ……親バカめ」
スカイブルーな景色がウリの、高台にあるオープンエアーなカフェにて場所を移した二人。
西側に映る、三日月を描く本島の美しさを堪能しながら、仕事の打ち上げを慎ましく行っていた。
「んーズゾゾ、ゾゾ」
注文の品が届き、シーフードパスタにパクつく義眼の男の隣で、対照的にワングはしかめた表情のまま、いやな表情を向ける。
「ズゾゾゾッ!」
「ソースッ! ちょっと、キタナいッ」
荒々しい食べ方をするレイジ。咄嗟に紙エプロンを盾に、跳ねてくるトマトソースを次々と防いでいく。彼の無作法さにはほとほと呆れ返ってしまう。
ひと段落したのか食べ方が落ち着くと、義眼の男は紙ナプキンで真っ赤に染め上げた口元を拭き終わる。
「ワング……なんか、こう……熱くなれる仕事はない? 座礁した船の探査とか」
「あのネ、アナタソウダイな仕事欲しいならギルド行く。それでバンジ解決」
見放すような言い方をすると、注文していたオレンジジュースを一杯、ストローですすり、喉の渇きを潤す清涼感に悦に浸る。
「しがらみがめんどくせえんだよ。ギルドに入っても、どこもかしこもマスターの指示が全てだからな」
「フーン。じゃ、盗人らしくココ行ってみる、どうカ?」
義眼の男のテーブル前に、一枚のくしゃくしゃにされていたチラシを叩きつけ、広げる。
「冷てえやっちゃな、どれ」
チラシを覗き込むと、東の国もといポリネシア地方の本島である、アルカイオス王国にて、昨日行われた任命式の場所を指し示していた。
「新人もいるし、今夜が攻めどきネ。ユダンもしてるヨ、きっと」
「……ナァイス」
ニタリ顏で笑うワングにグーサインを向け、早速手筈を整える為に、カフェを走り去ってしまった。
「あ、ココの支払いどうするヨ?!」
叫ぶも虚しく義眼の男の耳には入らず、籐で編み込まれた椅子に腰を下ろすワングの隣に、いつの間にか会計の用意に入っていた店員がニコニコ微笑んでいた。
「……」
まだ食べ終わっていないと店員を追い払い、不満気にスプーンとフォークを手に取り食事を再開する。
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