オー! マイ・トレジャー
@reirow
プロローグ:男と女
第1話
かつて『東の国』と呼ばれた四十はある熱帯諸島で成り立つ、ポリネシア地方の中心地にある本島に、二人の偉人がいる。
王城設立より受け継がれてきた、由緒正しき誇りを背負いし国王、アルカイオス。
そして、王城以上に歴史を重ねてきた『遺産』を護る神殿、ヴィエルジュに仕える大神官ディアナ。
二人には結びつきがあり、災害の如く現れた怪物、クラーケンに立ち向かうアルカイオスに、力添えしたのがディアナの母だった。
ーー王の名を背負う本島は、三日月描いた湾から、断崖の見える、緑生い茂る奥地に向かい築かれた町並みが特徴で、クラーケンの強襲にも耐えた王城と神殿を一目見ようと、観光客で溢れ返っていた。
併せてこの度、初の血縁外から神殿に仕えるパラディンを雇い入れたことに、ポリネシア地方全島から注目が集まっていた。
そのパラディンの名はーー。
「ねえ、ミネルヴァちゃん!」
パラディンの任命式を終えた、その日の夜。
ミネルヴァは記念パーティへ向かう為、港のレストラン通りを歩いているところ、会場手前にある老舗酒場の店先から、飛び出すように現れた一人の女性に呼び止められる。
「こないだはプレゼントありがとうねっ、娘が喜んでいたよ!」
「そうか、それは良かった」
落ちついた深淵の瞳を流し目に、おっとりとした女性に返事を返す。
早々に歩き去ろうとするが、お構いなしにミネルヴァの手を掴むと、ビー玉サイズのキャンディを手渡し、頬笑みかけてくる。
「暑いのにそんな格好じゃあ大変よ?熱中症には気をつけてね。明日からヴィエルジュの神官様に仕えるんだから、ね?」
「ああ済まない。助かる」
蒸し暑い夜にも関わらず、いつも暑苦しい全身黒づくめの、プロテクトシャツとトレッキングパンツを着用しているのだが、対照的に際立つ白い肌のせいで、知り合いからは良く体調の心配をされてしまう。
肌のことで受け答え慣れした様子で、淡々と一言返してアイスキャンディを口に含むと一礼し、会場に向かう。
会場は港近くにある小洒落た酒場で、近場から直送された地魚料理が人気だ。
中でもオリーブオイルで燻製にした小魚が、ミネルヴァ自身もえらく気に入っており、通い詰めていたほどだった。
予約していた星の海が見渡せるテラス席へ到着すると、同僚の騎士に紛れ、身辺警護に纏わり付かれた、風格のある大男が片手を上げる。
「おおっ待っていたぞ、ミネルヴァ」
「あ、アルカイオス様!」
思いがけないゲストに慌て、咄嗟にほどよく溶けていたキャンディを飲み込んだ後、滑り込むようにして彼の前に片膝を付け、構える。
「よせよせミネルヴァ。堅苦しい挨拶は。明日まで気を張るのはやめておけ」
「……は、お気遣い感謝致します」
アルカイオスの言葉に甘え、頭を下げた後に立ち上がり、自分のネームシールが貼り付けてある席まで歩いていくと、かしこまった様子で腰を下ろす。
全員揃った事を確認し終わったアルカイオスは、座ったままで乾杯の音頭をとった。
「よし皆ッ、明日からミネルヴァは神殿勤めだ! 無理に呑ませて潰すなよ! ミネルヴァに栄光あれ、王国に栄光あれ!」
簡単に話を済ませると、「乾杯」の一言でパーティは一気に賑やかさが増していった。
§
本島から南東にある離島を買い占めた、貴族のだだっ広い敷地内にて夜を騒がす男がここにいた。
「ちょこまかと!覚悟しろよハエめっ!」
焦げ茶色の古臭い旅人の服を着た男は、塀の一角へ追い込まれ、立ち往生していると、先陣切って男を追いかけていた離島の主が、勝ち誇った顔で指を差し罵倒した。
「へへへ、そういうアンタはハエにたかられる『クソ』だろ?」
持っていた小さな木箱を愛用のウエストポーチに入れ、悪びれる様子もなく肩をすくませる。
「き……きぃぃさぁぁまぁァア!」
男の生意気な態度にいよいよ持って堪忍袋が大爆発した離島の主。
「ーーま、待てよお前ら!待て待て」
態とらしく取り乱す男の話しを聞く様子も無い離島の主は、警備員と共に装飾豪華な槍を構え、ジワジワと距離を詰めていく。
「あ、あれ見ろって……何だ?!」
構わず喋り続ける男は、警備員達より彼らの背後の方をしきりに見つめ、『何か』を見つけると、突然鬼気迫る表情になりながら、その『何か』を見るように指を差している。
「ガキか貴様! 騙されんぞ! 振り向かんでサッサとかかれ無能共ォ!」
「おす!」
気を取られようとした両隣にいる警備員を頭を叩いていき、早く飛びかかるよう号令をかける。
「あぁそう」
人をコケにするような口調で、掌に乗せた小さな球体を握りつぶす。
すると、暗闇を掻き消すくらいの眩い閃光が、警備員や離島の主の視界を潰して怯ませる。
「じゃ、たっぷり見てくれよ」
「あああッ!? 目が……ッ! 誰か、誰か奴を捕まえんか!ここまで来て逃がしたら給料無しだぞ! くそぉああ!」
やみくもに槍を振り回すが警備員を蹴散らしていくだけで、俄仕込みの槍さばきは本命にカスリもせず、男はギョロギョロと一人でに蠢く右眼を頼りに、壁伝いに屋敷の出口を目指した。
ターゲットの住居から回収を済ませ、貴族の住まう別荘から真っ直ぐ女性の背筋のようにしなやかな坂道を下って行くと船着場があり、仕事仲間の男とそこで落ち合う約束になっている。
「あァ!? ワング、ちゃんとした船用意しろって言ったろ!」
目の前にあるのは、今にも水漏れしそうな古臭い手漕ぎ船。『右眼』を取り外し、ポーチから取り出した別の義眼と入れ替えた後、ツルツル頭のサングラスを掛けた、胡散臭い男に文句を垂れる。
「ボクお金以上のシゴト、しない主義」
「いやお前の命もかかってるだろ!?」
「大丈夫、アナタが漕ぐからネ」
片言の言葉で非情な台詞を吐く男に、義眼を取り付けた男は頭を抱える。
「ちっくしょ! こんな事ならケチらなきゃ良かったッ」
「早くハヤク、ボクら捕まるヨ」
凄い剣幕で坂を下って来る離島の主達を指差し、船を出すよう煽られると、壊れない程度にそろりと手漕ぎ船に乗り込みヤケになりながら、急いでワングも後に続く
「分かったよっ、漕ぎますよ……クソッ」
へし折れそうなオールを掴み、荒々しくクラッチに差し込んでせっせと漕ぎ始める。
「はは、ジョウズ上手」
「うっせ……! ケチんぼめ……!」
綺麗な三日月から輝く月明かりが、反対側に見える島まで汗水垂らして漕ぎ続ける男の道を優しく照らし示す。
「にしても手際ワルいネ、ホントに偉いガクエンでてるか? アナタ」
必死な表情でオールを漕ぎまくる、スタイリッシュとは程遠い男に、鼻で笑い小馬鹿にする。
「ったり……めぇだろ! つ、つーか……ワングちゃん……変わってよ……!」
「1000G」
「ちぐしょぉオ……ッ!」
込み上げてくる怒りをエネルギーに変換し、血眼になって、夜空に散った星の海を渡っていった。
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