想い宿らぬ贈り物
贈り物は相手の顔を思い浮かべながら選ぶといい。お婆ちゃんからの受け売りだった。
大切なのは自分の気持ちが伝わることと言いつつも、要らないものを渡されても困るだけ。金額で思いは分からないし、高すぎるものは思いとは別の考えを測られる。だから、その人が喜ぶ顔を思い浮かべるんだよ。
目の前に広がる膨大の品数の中で、とてもじゃないが俺の気持ちに合致するものが見つかるとは思えなかった。
誕生日は特別でそれは誰にも祝われるべきとは思わない。友人が誕生日だと知っても、気分が乗れば言葉をかけるだけで互いに何だということもない。だから、贈り物をするというのはそれが特別なことで、誕生日というのは更にその人と巡り合う奇跡となった出来事を祝うということで、つまり何を言いたいかと言えば、何を送ろうとも気持ちは伝わるだろということだ。
貴方と出会う奇跡となった貴方の誕生をお祝いします。つまりは祝うほどに特別な人です、だろ?
自分の気持ちは十二分に伝わる。なら、相手が喜ぶものを選ぶと言うのは、相手が身に付けやすいものなのかどうかということと、俺のセンスの良さが相手に釣り合っているかどうかということだろう。
そんなもの俺の知ったことじゃない。知りたいと思うからこそ贈り物をして、こちらの気持ちを伝えるわけなのだから。
ここから導き出されるもの。贈り物は比較的安価かつ、シンプルでセンスの問われないものだ。
そう思い、とりあえずネットの海の中から品物を検討しようとしているのだが、無難なものというのは多くの人が考えるものらしい。俺は深いため息と共に目を揉んだ。
ここ一週間、時間があれば画面に張り付いている。その時間が増せば増すほど自分の気持ちが明らかになり、その分プレゼントのハードルも上がる。
「まったく、難儀なもんやな」
俺は手元にあったペンを取るとそれを弄ぶ。
筆記具なんてどうだなんてことはとっくに考えた。
身近にあるものというのはそれこそセンスが問われるものだし、日常使いするものだとそれは名を表すに近い。その人が身に付けているものはその人のものだからだ。つまり、それが贈り物と知れればどういう意味を持つのか。
「あんたもめんどくさい男やなぁ」
声のする方を向くと実に呆れた様子の姉が顔を覗かせていた。
「ほっとけ。姉ちゃんにやるわけじゃないんやし」
俺の様子を見て口を開くとすれば甲斐性なしを散々にからかうか、まったく役に立たない助言で振り回すしかしない。曲がりなりにも同じ女として何か妙案でも思い付きやしないかと期待していたのも一週前の話だ。
「家族にも満足なものやれんのに、彼女になんて出来るわけないやん」
「それは姉ちゃんもやろ? そもそもくれたこともない」
「あたしは良い男にしか贈らん主義やから。そんでもってあたしが贈ったら全員が喜ぶ」
それは苦笑いしてるだけだろ、という言葉は飲み込んでおく。ここは大人な反応をするのが吉と見たからだ。
「それなら、愚弟に教授くれるのが良くできた姉やと思うよ」
見るからに大きなため息をつき、めんどくさいことに巻き込まれたと言わんばかりの態度をとられる。
しかし、頼まれたら断らないというところは姉らしいと思う。
「一言教えたる。大切なのは誰の気持ち?」
それだけを言い残すと姉は扉を閉じて去っていった。
俺は婆ちゃんの言葉を思い返す。考えるのは誰の顔だった?
姉がめんどくさいと言ったのは俺の押し付けがましい気持ちのことだろうか、それとも教えなければ分からない未熟さか。いずれにせよ、自分の気持ちを基準に計算高く品物を見積もる俺は随分な子どもだったということだ。
贈ることで気持ちが伝わるのならば、後は相手が喜ぶだけ。そして、物に気持ちは宿らない。
俺は普段から気に入っているペンと同じものを速達で注文すると引き出しの中からメッセージカードを取り出す。そして、そこにはただ素直に思いの丈を綴った。
お誕生日、おめでとう、と。
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