練習用短編集
桜庭優希
縁結びのねこじゃらし
ざらついた石面の上、青い空には一筋の雲が流れていく。
暑くもなく寒くもなく、何もしないならばもってこいの日和だ。だけど、何もしないためにここに来た訳じゃない。ここでこうして空を眺めることこそ、今日わざわざ訪れた目的だった。
ここに初めて来たのは中学の頃だった。
暑く退屈な夏休み。何かを探して僕は町を彷徨いていた。
今日は沢でも行って涼んでこようか、あるいは友達の家に転がり込んでいって遊びにいこうかと住宅地をうろうろしていると塀の上に猫がいることに気がついた。
ぼさついた毛並みの三毛、野良猫だろうと思うけどあまりにも僕を見下している。どれだけ近づいてもなんとも思っていないように感じた。
人馴れしてるのかなと思いながら、あまり猫とはかかわり合ってこなかった僕は恐る恐る手を伸ばす。
そいつは僕のことを本当に格下に見ているらしい。
僕の手が近づくのを横目に見ると明らかに鼻で笑って、何事も無かったかのようにのっそり歩き始めた。
中学生の僕の知能と言えば、猿から毛が抜けた程度のものでしか無かったから、猫に馬鹿にされたことにむきになってそいつの後ろをついて行っていた。
端から見れば、猫を思いきり睨み付けながら後に続く、中坊なんて珍しいどころの話じゃないだろう。
僕は回りのことをよく覚えていないくらいに集中して、あいつのお尻に火をつけることを真剣に考えていたに違いない。
そして、あいつがたどり着いた先は、木々に隠された石階段を上がった先の無人神社だった。
神社と言っても、小さな祠のようなものがあるだけで周りはこれと言って何もない。近くに水が流れているらしく、少しひんやりとしていて昼寝をするにはちょうど良い場所のように思えた。虫を考慮に入れないならばだが。
中坊の僕はさすがにそこに横になる訳もなく、日の当たる場所に横になった三毛の隣に腰を下ろした。
鳥のさえずりに耳を澄ましながら、この神社は何を奉っているんだろうとか、何かを持ち込むならばなにがいいだろうかなんてことを考えていた。
次の日、僕は音楽プレーヤーと小説を持って、その神社に足を運んだ。道中で飲み物とお菓子を買っていくのも忘れない。
そこで僕は退屈な夏休みの暇を抜け出し、悠々と有意義な時間を過ごしたのだった。一時間ほどは確かに。
僕が顔を上げたのはまったくの偶然だった。足音も気付かず、曲がどれほど変わったのかも気にしてなかったからだ。
不意に顔を上げた先にはまるで野良猫のようにじっとこちらを警戒して見つめている女の子がいた。
手にはねこじゃらしとビニール袋。僕はもしかしたら人の聖域を荒らしていたのかもしれない。
イヤホンを外し、後には引けない緊張感から恥の時代に生きる中坊は女の子に声をかけた。
「ここは君の場所だった?」なんてカッコイイ台詞は言えない。始めに出た言葉は「すみません。すぐ退きます」だった。
よほど僕が慌てていたのだろう。彼女は逆に冷静になり、僕に手のひらを見せて落ち着いてと呪文を何度か繰り返した。
友達と始め、何の話をしていたのか覚えている人は少ないと思う。少なくとも僕は大多数の内の一人だった。
彼女と何を話してどう親しくなっていったのかは覚えていない。ただ、一匹の三毛を通して二人は繋がり、秘密を共有する仲間として言い知れぬ絆が育まれたり、いなくなってしまった三毛を探していろんなところを走り回ったりと退屈しない日々を過ごすことになった。
その出来事は何年も離れた事ではないはずなのに、今ではあまり思い出せない。きっとこの場所がなにもないからだろう。
僕がここにいる理由。それはあの三毛が多分この空を見ながら眠りについたと知らされたからだ。
今日は彼女とあの神社へ行こうと思っている。彼女はいつも遅れてやってくる。
あの猫に導かれて僕らの縁は結ばれる。
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