去り行く時と私に乾杯を。
3――2――1――……
「……ハッピーニューイヤー」
さようなら、去年の私。初めまして、新たな自分。
数秒前と代わり映えの無い景色を肴に琥珀色の液体を流し込む。
冷たく熱い液体は喉を伝って身体の中に滲みわたり、快楽に似た火照りが私の思考を鈍らせる。
私はお酒に混ざって胸に溶けた雑念を熱い吐息と共に吐き出した。
心地よい虚無。憂いも期待も何もなく、ただ今に酔いしれる楽しさがもたらされる。
グラスと氷塊が奏でる艶やかな音色は一人の夜に穏やかな静寂をもたらした。
――――今頃、皆は何をしてるかな。
人で埋め尽くされた交差点で、電光掲示板に貼り付いた見知らぬ人たちと未だ穢れの無い新年を祝っているのだろうか。あるいは明るい未来を祈願して、古き良き慣習に詣でている頃だろうか。
私と私の大切な人たちの幸福を願って、乾杯。
冷たいグラスが私の唇をいやらしく濡らす。私は決してお酒が強いほうではない。
多量に流し込まれる強いお酒に身体が抵抗し、それが熱へと変わるまでゆっくり目を閉じて耐え忍ぶ。
先週の出来事を思い出す。友達と大きなケーキを囲んで、無邪気にはしゃいだあの夜を。一人が買ってきた一匹のチキンは少しパサついていて、思い返せばあまり美味しくは無かったけれど、油にてかった皆の指先は大人の女性を自覚させた。
ワインを飲んで舌が軽くなり、唄うように語った秘密の話は私たちの絆の強さを実感させた。あの時に交換し合った誰かさんのプレゼントは今の私を温めてくれている。
お酒を注いで、もうじきボトルが空きそうになっている事に気付く。
グラスを揺らすと靄のような揺らめきがウイスキーの中に漂う。ゆらりと霞み、だけど決して他と溶け合うことないアルコール分。
私の中に混ざり合う、新たな大人としての私。少女の私に未だ溶けず、不純物として揺らめき漂う。
昨日と今日、去年と今年、少女と大人。その境界はきっと明確ではなく、数十分前と景色が変わらないことと同じなのだと思う。
突然変わるなんてことはないし、去年と今とが明確に違う訳ではない。でも、今は前とは違う。変わらないように見えるけど、少しずつ確実に混ざり溶けあっていく。
私の携帯が彼からの着信を知らせる。
彼からの電話を受ける私は驚くほどに女らしく、淫靡な響きに満ちていた。
「鍵、開けて待っているから」
連絡を終えた後、彼の吐息が耳に残っているようでむず痒さに身悶えしてしまう。
こんな事は去年無かったと思うけど。
アルコールが入っているからかもしれないし、情愛に酔っているからなのかもしれない。
だけど、確実に私の中では女が混ざり始めている。それをはっきり自覚したとき、私は恐怖するのかもしれない。どうしようもなく戻れない去年に思いを馳せるのかもしれない。
だけど、私は思う。
時間は水のように流れていくもの、私の中に注がれた時間は決して否定することは出来ない。否定しようものなら、私はきっと空っぽになってしまうだろう。
だからきっと大人になるって言うことは、純粋ではなく不純物が溶けることもないけれど、時間が経つにつれて濃くなって、他の人生と混ざり合って味わい深くなり、甘美で熱く酔いしれていくものなんだと思う。
ボトルの中身を空にする。二つ並んだグラスはきっと幸せな初夢を約束してくれるだろうと感じるのだった。
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