孤独と孤立のIF

休日の喧騒。今では珍しい商店街では様々な目的で多くの人が集まり、道の上に淀みない流れを生み出している。ある人気映画が終わり、道に新たな波がもたらされた中に僕たちはいた。お互いにはぐれないように堅く手を取り合って、流れに任せて歩を進めている。どこかゆっくり出来るところに入ろうと提案すると人波に溺れていたのか切羽詰まる声で肯定する。僕たちは道を逸れて、より人気のない道を進み、一件の喫茶店にたどり着く。

 そこは忙しないチェーン店とは違い、アンティーク好きな店主によって作られた穏やかな時間が流れていた。壁にかけられた絵画には様々な光景が描かれており、恐らく異国の情緒に焦がれながらコーヒーを嗜む場所なんだろう。

適当に空いている席に腰掛け、コーヒー二杯を注文すると止まない耳鳴りが止んだかのような落ち着きを取り戻す。

「人混み、凄かったな。二時間であんなに人が増えるとは思わなかった」

彼女は体の疲れからそれを再確認しているのか、ため息まじりの首肯を返す。

「まあ、普段出歩かない僕たちだから耐性がないだけで、普段からあんな感じなのかもしれないけどな」

あれよりもっと人の増えた商店街。さすがに観光地でもない場所にあれ以上の人が増えることはないと思うが、考えるだけで気が滅入りそうだった。

水を口にしながら一点を注目する彼女に気づき、僕もその視線を追う。僕たち二人は窓向こうを眺めるように傍にかけられた雪山の絵を見ていた。そこには商店街にはない、暖かみの無い喧騒と厳しい孤独があるような気がした。

「もしも、二人で雪山に遭難したらどうする?」

珍しい彼女からの問いかけ。僕たち二人は間違っても山に行くことはないだろうが、余計な茶々を入れないで真剣に考える。

「少なくとも僕なら山小屋を見つけて、暖炉の前で毛布にくるまって、一晩中語り明かすかな」

それが現実的で、なおかつ理想的な方法だと思う。山小屋を見つけられなかった場合は考えない。

僕の答えを夢想しているのか、返答をしてから彼女は雪山の絵を見つめたままでいた。

運ばれてきた二つのコーヒー。彼女のカップにいつも通りのシュガー二本を溶かし混み、早く冷めるように金属のスプーンを入れておく。啜ったブラックのコーヒーはとても澄んだ味わいで、水にこだわっていることを感じた。

僕は彼女の横顔を眺めていると不意に異世界感に襲われた。この喫茶店の雰囲気も相まっているのだろう。外界に取り残され、加速する時間の中で停滞する僕の意識。そんな状況の影響を受けず、あるいはそここそが彼女の居場所であったかのように、彼女はそこにたたずんで絵画の一部となっている。僕には絵が描けないから、記憶の中に今を切り取って大切な思い出にする。

「遭難した山小屋で、何が欲しくなるかな?」

雪山から帰ってきた彼女は一肌に冷めたコーヒーに口をつけて、更に質問を投げ掛けてきた。

僕に雪山は想像できないけれど、もっと身近な真冬の孤独な寒さを思い浮かべながら答える。

「僕ならきっと本が欲しくなると思う。厳しい何もかもを忘れて没頭出来るものがあるといいから」

彼女は僕ににこりと笑顔を返答する。同じことを考えたのだろうか、それとも二人でひとつの本を読み合う光景に焦がれたのだろうか。

「僕だったらこうだけど、君ならどうする?」

質問の答えを既に持っていたのだろうか。彼女は口を開く。

「雪山は寒くて、大変だろうなって思った。でも、考えてみて大変なことって寒いことと寂しいことの二つだけなんじゃないかなって思った」

か細い声が他の会話の声をすり抜けて、僕の耳に届く。

「だからね、二つとも癒せる方法。私なんかだとすぐに死んじゃうだろうけど、後悔しない方法。君といることだなって思ったの」

ふわりと温かい気持ちが湧き上がり、僕は一人じゃないことを知る。

「君の話にずっと私がいて、多分一緒のこと考えてるなって思って、嬉しかった」

彼女の手に触れると冷たいけれど、確かな暖かさがそこにあった。

きっと僕たちは本当の孤独を知らない。きっと怖くて苦しくて、一人では耐えがたいものなんだろう。でもどんな苦しい状況であっても、そこに自分一人しかいなかったとしても、大切な人がいればこのまま孤独を知らずにいられるのだろうと思う。孤立で留まっていられるのだと思う。孤独と孤立の違い、僕はそれに気づいて安堵する。それと共に僕は思う。

「雪山で一人きりになっても寂しくないように、今の内にたくさんの思い出を作っておかなくちゃね」

いずれ訪れるかもしれない孤独、孤立。彼女の暖かさを忘れないように、彼女の笑顔を思い出せるように、これから幾重もの言葉を紡いでいくのだ。

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