刺激的な主人公 直人side①


「主人公は肉食系の女、男好き。いや違うな。歳は二十七~二十八。勿論独身、男性経験なし。地味で不器用、存在感なし。その女性が男により女として開花していく」


 早朝、俺は机の上でスラスラと万年筆を走らせる。


「相手の男は三十歳独身。顔よし、性格よし、職業人気作家。まずい、これでは俺そのものだ。ちょっとアレンジしよう。顔はイマイチ、性格は捻くれ、女性からも嫌われている。唯一自慢出来ることは、夜はテクニシャン。女は一度寝るとその男から離れられなくなる。職業は会社員。うむ、いいだろう」


 俺とは真逆だ。

 舞台はオフィス。

 セシリア社の一樹が興味を持つような、インパクトのある主人公がいい。

 プロットはもともと苦手だ。プロットを作成しても、書いているうちにストーリーは主人公によってどんどん変わっていく。作家はその主人公を紙の上で上手く操るだけ。


 歴史小説ならば、俺の頭の中で主人公が勝手に刀を振り下ろし殺戮を繰り返す。

 だがこれは恋愛小説だ。女を斬り殺すわけにはいかないし、魅力的な主人公に設定してもピクリとも反応しない。

 まるで静止画のように、俺の頭の中で動き出さないのだ。


「一章、出会い。二章、ふれあい。三章、肉体関係。困ったな、三章で終わってしまう。確か連載は十二回。創作意欲が一向にわかない。だから恋愛小説はつまらないのだ」


 万年筆を机の上に放り投げ、退屈凌ぎにパソコンを開く。

 パソコンは殆ど使用したことがない。ネットで歴史的文献を検索し、小説の参考資料にするくらいしか利用価値はないと思っていた。


 だが、今は違う。藁をも摑む思いで、ポチポチと右手の人差し指で慣れないキーボードを叩く。


「れんあいしょうせつのかきかた、変換」


【恋愛小説の書き方】


「いや、違うな。いせいとのつきあいかた、変換」


【異性との付き合い方】


 画面に表示されたのは、アダルトなタイトルばかり。


「セックス入門、美熟女の口説き方。は? 熟女? 違う。俺はそんなことを知りたいわけじゃない」


 画面をスクロールしていると、【桃色恋愛カウンセラー】の文字。

 桃色?

 桃というだけで、女体を連想する。


【桃色恋愛カウンセラー 当サイトの管理人、桃色。

 桃色が女性視点であなたの悩みにお答えします。男性、恋愛初心者大歓迎。女性の気持ちを理解し、あなたも素敵な恋をしませんか?

 これで意中の彼女も、刺激的な恋の虜】


「いかにも、詐欺紛いな誘い文句だ。クリックすれば有料アダルトサイトか出会い系サイトにリンクするに決まっている」


 だが画面に浮かぶ『刺激的な恋の虜』というフレーズから、俺は視線を逸らすことが出来ない。

 このサイトの管理人は、男なのか女なのか? 女性視点ということは、女なんだよな。


 試しにクリックしてみるか。

 いや、悪質有害サイトだったら……。


「くだらない」


 立ち上がり、台所でホットミルクに砂糖を入れる。カップを持って再び机に座り、肘をついたはずみでサイトをクリックしてしまった。

 ピロンと軽快な音が鳴り、ピンク色の画面が目の前に広がる。


【ようこそ、当サイトへ。あなたは10028人目の訪問者です。】


「アクセス一万人以上? 世の中には随分モテない男がいるもんだ」


 画面には裸の女体も性的な動画も広告もない。取り敢えずアダルトサイトではなさそうだ。


【悩みごとは、気軽に相談してね。桃色】


 気軽にか。入会金や相談料はいるのか?

 画面には【無料】の文字。


『タダより怖いものはない』


 亡き両親の遺言だ。確かに何の苦労もなく、多額の遺産を相続し、かなり痛い目に遭った。


【秘密厳守】


 過去の相談内容は画面に一切掲載されていない。

 ネット上で秘密厳守が成り立つのか。情報漏えい、拡散、セキュリティに万全なんてない。

 だが、興味深い。一度開いてしまったのだ。試しに何か打ってみるか。

 俺の名前は……当然偽名だな。


【はじめまして。群青色です。】


 ピロン……


【群青色さんはじめまして。】


 数秒後、すぐに返信があった。なんという早業。


【気になる女性にどう声を掛ければいいですか?】

【女性は意外とストレートな言葉に弱いものです。『ずっと気になっていた』

『ずっと好きでした』等、はじめての告白なら、ナチュラルな方が好感度アップですよ。】


 ナチュラル……。そんな言葉、この弾けた世の中にまだあったのか。


【参考にします。】

【また来てね。桃色】


 これっぽっちのやり取りで、まるで恋人気取りだ。

 カウンセラーというより、まるでキャバクラのホステスみたいだな。


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