第22話

「行ったよ」


 抑揚のないマオの声が、うずくまった細い背中から聞こえる。


「……うん」


「いいの?」


「……ソラがいるから」


 ソラと一緒の間は大丈夫だろう。ギィーの撃退方法も教えた。


 自分たち以外を全く気に留めることもなく走り去った、ソラとアユムの後ろ姿を少しだけ見てから、エリは眼を伏せた。


「そう……」


 マオの心はざわざわと騒がしかった。


「あたしたち、アユムがいなくても、何も変わらないわよね」


「……でも……名前をくれたよ、ぼくらに」


「遊んでほしかっただけでしょ」


「心を……くれたよ」


「……余計なことを……」


「余計なこと?」


 壁に当たって跳ね返ったエリの声が、怒りを含んでいるように聞こえた。マオの背中には快感が走った。


「何も見ず、何も聞かず、何もしゃべらず……何も……思わずにいれば、こんなに苦しんだりしなかったのに」


「苦……しい……?」


 ぼくらは人形だ。人間が一番嫌がるという〝痛み〟や〝苦しみ〟などないとノゾミは教えてくれたのに。


 エリは掻き毟るように胸に手を当てた。


「あたしたち、未完成のままで砂に埋もれてしまえばよかったのよ」


「……そんなこと言わないで」


「あの子、会う度に酷くなってる。何でもすぐに忘れるわ。そのうち、エリのことなんか思い出さなくなるわよ、きっと。もう、あたしたちが、あの子の相手をする必要もないんじゃない?」


「そんな……」


「あたしでは駄目なの? アユムでなければ駄目なの?」


 マオの言葉が体の中心に刺さったようだった。エリは胸に当てた手を更に強く握りしめた。


「あたしたち、生まれる前から一緒だったじゃない。全部同じ部品でできているのよ。エリが壊れたら、あたしの部品を使えばいいわ。そうしたら、生まれる前と同じように、いつかもう一度ひとつになれるわ。だから……」


「解らない……解らないよ……マオ。違うんだ、マオとアユムは違うんだよ」


「あたしとアユムが違うことくらい判ってるわ。あの子は海に入れるけれど、あたしたちは指が触れただけで融けるのよ。それなのに、それなのにエリは……いつもいつも、あの子を捜して海に行くんだもの。どうしてよ。あたしの傍にいればいいじゃない、どうしてよ」


「違う、そういうことじゃないんだ。ぼくは、ぼくは……解らない……解らないんだ。どうしてアユムじゃなければいけないのか……解らないんだ……」


 エリは両手で胸をえぐりながら背中を丸め、マオの足下に小さく転がった。


「何なのよ!」 


 呻き声をあげるエリを見たマオは、眼の前に広げた匂い袋を両手でぐしゃぐしゃと掻きまわし投げ捨てると、決心したように立ち上がった。

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