第23話
「あなたは……何?」
「ぼくは、ソラ」
「名前は知っている」
砂埃でまだらになった丸い顔を縮めたアユムは、うふふ……とわらう。ソラと手を繋いで随分長く歩いた。言葉はほとんど交わしていない。できるだけ長くこうしていたいと、ひとりのときよりも、ずっとゆっくり歩いている。
「ほら、海よ」
アユムは指差した。海は透明な輝きで、ざらざらと交じり合う空と大地を分割している。
「行ってはいけないって、ニナもエリも言うの。どうしてかしらね」
「体によくないモノが、あの中に混じっているからだよ」
「よくないモノって?」
「さあ、何だろう?」
「でも、あたしは平気。だから、あの先に行きたいの」
「行けるよ、きっと」
アユムの伸ばした指先が頭上まで弧を描いた。薄明るい空の一番高い場所で、ふたつの月がぼやけたシミを広げている。
「うん、そうだね。きっと、アユムなら、そこにも行けるよ」
「どうして解るの?」
「ぼくが、ソラだから」
「名前は知っている」
繋いだ手をきゅっと強く握ったアユムは、また小さな歩幅で歩き始めた。
愚かね ────
誰かがソラを
何百万年前か、何千万年前か、あるいは何億年前か、忘れてしまうほど遠い昔に、私たちはこの星に上陸したのよ ────
アユムの胸の透き間から囁かれているのだろうか。ソラが足を止めるとアユムも止まった。ソラは手を繋いだままアユムの肩を抱き寄せた。棒のように立ち止まったアユムの、どこを見ているのか判らない眼の上にある、眉で切り揃えられた前髪に鼻を押し当てた。そのまま鼻先でくちびるまでをなぞり、胸元に顔を近づけて顎の下を嗅ぐ。
「花の香りがするわ」
ソラの頭越しに海を見つめるアユムは言う。顔を上げたソラは、アユムの視線にゆっくりと眼を這わせた。
愚かね、愚かね……ほほほほほ ────
そこここに漂う嘲笑にソラは眼を閉じ、黙ってアユムを抱きしめた。
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