第20話

 爆音が轟き壁がゆらいだと同時に、地下で働いていた人々が、突然崩壊した天井の下敷きになり、悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。そこにいた大勢のニナたちも大半が犠牲になった。悲鳴はすぐにすすり泣きと呻き声に変わり、やがて聞こえなくなった。


 そのうちに、幾体かの動けるニナたちは、ふらふらと倉庫を出て行った。新しい靴に合うようにと足を切られ、倉庫の隅で転がるニナの眼に映ったのは、まだ組み立てられていない老人のマネキンが二体と、塗装すらされていない少年と少女のマネキン、そして崩れた天井の下から覗く壊れた手足とおびただしい量の体液だった。


「気がついたときには、随分と果てしない時間が経っていたみたいよ」


 寂しかった? ──


「いいえ。だって、あたしたちは……本当は男でも女でも、老人でも子供でもない、ただのマネキン人形だったのだもの」


 ニナが三つのレンズを覗く。


 私は人形ですらないけれどね ──


 ニナの顔がノゾミの眼に映る。ノゾミの頭部には耳らしきものが存在しないので、ニナは「あたしならばこの位置で聞くわ」と思う場所にくちびるを寄せてみる。


「何の感情もなかったのよ。悲しいとも苦しいとも寂しいとも……」


 あれから私は、物を創ることを辞めたんだ ──


「あなたの意思ではないのに?」


 仕方のないことだった。私は、ただの機械にすぎなかったのだから ──


「なら、謝らないでよ」


 けれど私たちは、大勢のギィーを創ることに加担したのだ ──


「人間がしたことよ」


 奴らは、動くモノなら何でも引きちぎってしまうんだ。私たちが、そう創ったから。君は私を許せるのか? ──


「ノゾミ……争いは、知らぬ間に始まって、とっくに終わってしまったのよ。あの光る巨人だって、いつかは壊れて動けなくなるでしょう。あたしやあなたと同じ……便利な道具として作られて、壊れたら捨てられる運命だったのよ」


 同じか……我々と ──


「そうよ……でも、あたしたちは、あの子に拾われた」


 そうだ、私はアユムに拾われたのだ。アユムは屑のような人形の一部を抱えて、私の前に現れたんだ。私はただ、それらを見ていただけだったけどね。それはそれは、長い間だったよ ──


「長い間、見ていただけなのね」


 ニナは、くすくすとわらう。


 人形の欠片は増えていったよ。けれど私には、やっぱり見ていることしかできなかったんだ。やがて、その欠片が小さな山になった頃、アユムは私の手を取って、指の一本一本を丁寧に磨くようになったんだ ──


「それだって、とても……とても長い時間だったのでしょう?」


 そうだ、とても、とても、長い時間だった。アユムは指だけでなく、体中隈なく磨いてくれたよ ──


「アユムの想いはあなたに届いたのね」


 あれは、アユムの想い……なのか……。どれもこれもバラバラで、パズルを合わせるように人形の欠片を繋ぎ合わせ、私は六体の人形を完成させたんだよ。どうして、アユムの想いは私に届いたのだろう ── 


「それは、あなたの代わりがいなかったからよ」


 私の? ──


「大勢の人間にとっては道具。でも、あの子にとっては違うのよ、あなたもあたしも……」


 三つのレンズをカシャリカシャリと回し、ノゾミは頭を垂れた。

 

 ならば……それならば、あのギィーや〝彷徨う人〟にも変われる機会はあるのだろうか? ──


「それは判らないわ。だって、あの子が決めることだもの」


 我々はアユムに選ばれたと、君は言うんだね──


「きっと、寂しかったのはアユムの方だったのよ。だけど……ねえ、あたしたち、よかったのかしら? あの子に拾われて、本当によかったのかしら?」


 少なくとも私はね。あの人形の中に君がいなかったら、私は〝心〟というものを持たなかっただろうから──


 ニナはノゾミの顔を両手で挟むと、三つの眼を順番に見つめた。


「あの子は何?」


 多分……〝母〟と呼ばれる者じゃないだろうか? ──


「母?」


 人間たちが呼んでいたんだ。生む者を……〝母〟と──


「そうなの……でも、罪ではないのかしら? あのまま……壊れたまま砂に埋もれてしまえば、もっと楽に終われたかもしれないのに……」


 本当にそう思っているの? こうやって、喋ることのできない私の声が、君に届いているというのに? ニナ……君に出逢えた……私はそれだけで満足だ。できることならば、あの老人の姿をした二体の人形のように、君と、ただ見つめ合って、この世の終わりを迎えられたら、これほど幸せなことはない──


「そう……なれるかしら?」


 アユムが、花を摘んでこなくなったら……きっと、そのときにね──


「あら、じゃあ、あの子のために、また店を開けておかなくっちゃあ」


 ニナは、これ以上なくほほえんで言った。

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