第19話

「あの子たちは、また、海へ行くのよね」


 ああ、きっと。そして、ソラは、また一から話して聞かせるんだ ──


 作業場の入り口から大きな体をゆらしながら足の踏み場を探るノゾミは、走り去るふたりを見て頷いた。つま先立ちになり鋭い爪の先から小さな車輪を出して、散らかる床の透き間を滑りニナの傍らで膝を折り曲げる。


「ねえ、初めて会ったときのことを憶えている?」


 ニナは、行儀よく膝に置かれたノゾミの冷たく硬い手の甲を包むように撫でながら、彼の肩に寄り掛かった。


 勿論。きっと、死ぬまで忘れない ──


 ノゾミの指は、どれも刃物のようだった。不用意に触ればニナが傷つくのでカチャカチャとてのひらに収める。


「あのとき、あたしは倉庫に置き去りにされていたの。とても長い間……」


 そうだったね。知っているよ。君は両方の足首を切断されて、歩くことができなかったから ──


 ノゾミは精度のよいレンズをはめ込んだ三つの眼で、ニナの顔を覗いた。


「あの地下倉庫には、男や年寄りや子供の姿をした者もいたけれど、ほとんどが大人の女だったのよ。名前で呼ばれていたのも〝あたしたち〟だけだったの」


 新しい服を一番に欲しがるのが、若い大人の女だからだろうな ──


「そうかもしれないわね。大勢の〝あたしたち〟は全員が裸で生まれたけれど、それぞれの仕事場で流行の服を着せてもらえたの。大きな会場でファッションショーに出たときには人々の視線を集めたわ。お金持ちの家に招かれたりもしたわ。すました顔でポーズをとり、愛想の好い挨拶をすることは大の得意だったもの。あたしが身に着けた物は全部売れるのよ。お店の人はとても喜んでいたけれど、あたしには、それがどうしてなのか、ちっとも解らなかったの。いいえ、考えることさえしなかった。だって、ただ設定通りに動いていただけだったから。……そうやって、あたしたちは消耗される運命だったのに……」

 

 すまない。それは、私のせいでもあるのだね ──


「……いいえ、ノゾミ。あなたのせいではないわ」


 ニナは錆びた金属の肩に頬をすり寄せる。


「何も怖くはなかったのよ……あの頃はね……」


 私もだ。工場に火の弾が降ってきても、何も感じなかったよ ──


 どのくらい昔だったのか忘れてしまったけれど、ノゾミとニナは、闇に覆われた日の事をなぜか懐かしむように語り合った。

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