第17話
大柄なふたりの後を小走りで追うアユムが、エリの眼に映り込んだ。竦むように立ち止まるエリを、マオの瞳が射る。
何度も同じことを繰り返していれば、言葉など不要になることは解った。解っているから、自分にそっくりなマオの顔が直視できないのだ。顔を歪めたエリは、マオの手首を掴んで言った。
「アユムは、花を摘みに行って殺されかけた」
「……だから、何?」
マオは片眉をふるわせて顎をしゃくった。
「いいのか?」
「いいも悪いもないわ。あの子が好きでしたことなのよ。エリが巻き添えを食うことはないでしょ」
「でも……」
「もう、あたしたちには……」
「……駄目だ」
「わかるでしょう?」
マオはエリの瞳に挑むように言った。
「……駄目なんだ……」
マオの両肩をがっちり掴み、エリは哀しげに眉を寄せた。
「もう……あたしたちには、アユムは必要ないのよ」
「駄目だ。どうして、そんなことを言うの。アユムがいなければ、ぼくたちは……」
「ええ、そうね。そんなの知ってるわ。でも、今のあの子は……」
言いようのない想いに身をよじらせるように肩をふり、マオはエリの手を払う。エリはアユムの消えていった後をふり返り、項垂れ、眼を伏せた。けれども、一度拒まれた手は、背を向けて立ち去ろうとしたマオの手首をまた強く掴んだ。マオは掴まれた手を今度は払わなかった。
エリは、アユムと反対の方向へ、すたすたと歩き出したマオに引きずられるように歩いた。一瞬吹き抜けるざらざらした風に眼を閉じると、絡みながらなびく長い髪から、よく知る匂いが鼻に触れる。エリの感情は複雑にもつれる。
また、繰り返しだ…………。
ここで生まれ、ここを住まいとしてきた。どこの壁にひびが入り、どこの床が抜けそうなのかも知っている。
マオは、互いを見つめ合う老夫婦の前を通り過ぎ、剥き出しの鉄骨にぶらさがった梁の下に屈み込んだ。床に横たわる剥がれた壁の上には、小さな袋が透き間なく幾つも並んでいた。それをひと通り眺めてから、光る鱗が張り付いた袋を胸元から取り出し、足下に投げつけた。袋の中から、微かな声が漏れる。
次に、並んだ物の中から、ふさふさと毛の生えた袋を片手で選ぶと、もう一方の手で少し破れた物を選んだ。ふたつの袋の重さでも量るよう交互にゆらすと、どちらもが声をあげるが、それは微妙に音程が違っている。屈んだまま左右に移動しながら、マオは幾つもの袋を手に取っては投げつける遊びを続けた。
やがて、マオの手で並べ替えられた袋たちは、風に乗り、工場の隅々にまで、声と香りを放ち始めた。指で顎をなぞりながら、粗末な皮袋たちの合唱と、この世で一番の香りに、マオは笑みを浮かべた。
アユムの摘んだ花は、全てここにあった。初めて工場内で拾い集めたガラクタと匂い袋を交換したのは、どのくらい昔だったろう。床の上でひしめく花たちと戯れるマオを見下ろしたエリは、叫びたい気持ちを抑え込んでいた。
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