第16話
ノゾミの作業場は、山を切り拓いて造られた大規模工場の跡だった。人が寄り付かなくなってからというもの、雨が降る度、大地がゆれる度、崩れ、傾き、すっかり廃墟となっていた。高台に在るので、完全に砂に埋まるには、まだ時間に余裕がありそうだったが、風向きのせいなのか、掃き溜めのように集まった塵で片側半分は使い物にならなくなっている。
ノゾミは、使えそうなガラクタを集めては、毎日磨いて暮らしていた。砂が押し寄せ天井が低くなる度に上の階へと引っ越しているが、面倒だと思ったことはない。誰かの頼りになることが性分に合っているようで、退屈だからとちょくちょくニナが訪ねて来ては何かしら持ち帰ることも喜びだった。
崩れた壁で仕切られた小さな部屋の片隅で、丸いテーブルを挟み向かい合った老夫婦が、何をするでもなく、ただ互いにほほえむのを驚かさぬように、繭は忍び足で歩こうとしていた。けれども、ふり上げた長い爪は、どうやっても砂煙をあげる。
おっと、危ない──
そろりと上げた鋭い爪を下ろしかけ、繭は片脚立ちで止まった。煙の中から、無色の髪を背中まで垂らした少女が現れると、爪を収め一歩後退する。少女は半透明の肌をした両腕を腰に当てると、エリと同じ、よく見えない眼を凝らして船内を睨んだ。
「マオ、危ないだろ」
エリは開いた繭からマオを見下ろして言う。
「何よ。あたしだけ除け者にして」
マオは大声で叫んだ。繭は申し訳なさそうに爪と脚を畳み込み、しずしずとその場に屈み込んだ。エリが繭から飛び降りると、片側に沈んだ座席が跳ね、反動でぐらぐらとソラの頭がゆれる。
「怒ったって、しょうがないだろ……」
エリは昂りそうな気持を抑えながらマオに近寄ると、そっと耳打ちした。
「そんなことしなくても、あの子には解りやしないわよ」
マオは、エリの態度に苛立ち、ふんっとくちびるの端を吊り上げながら、すっと通った鼻の先で繭を示した。そこに、ゆらゆらと空を眺め、ソラの首を抱きしめるアユムが居た。
操縦席から降りたノゾミは、虚ろなアユムの瞳を覗き込んだ。きつく絡んだ腕を解きにかかると、冷たい指に反応するように、やっとアユムは自分を取り戻した顔を見せた。
ソラを抱き上げ、ガチャンガチャンと硬い足音をさせながら、ノゾミは工場の中を歩き出す。窮屈さから解放され、やれやれといった表情で長い手脚を伸ばしたニナは、その横をついて歩いた。
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