第14話

 ノゾミは、繭の前面に付着した、透明なニナの体液を見つめていた。

 

 あの〝彷徨う人〟は、きっと美しい容姿をしていたのだろう……。


 どこですれ違うニナも同じような姿かたちをしていたが、ノゾミには彼女たちの違いがつぶさに読み取れていた。工場で量産されたマネキンであっても、小さな違いはあるものだ。たとえば肌の色斑や瞳の大きさのズレ。それなのに、魂のない彼女たちには、なかなか情など湧かないものだな。と、ノゾミはモニター画面に眼を移し、ばらばらと砂の海に浮かんだニナの肢体を眺めた。


 ノゾミが過去に働いていた工場の女たちは、自分とは似もつかぬマネキンがまとった流行の服をこぞって手に入れるために、さっさと仕事を終えて街に繰り出していた。彼女たちは他の誰よりも美しく見えるようにと、競うようにカタログを持ち寄っては、そこでポーズをとる若い女と同じ服を欲しがったものだ。正直なところ、何が美しいかなんて、ノゾミにはまるで関心がなかった。ただ、女たちがカタログの中の若いモデルに憧れのまなざしを向けるものだから、きっと彼女は世間一般の女から見て〝美しい〟という型に分類されるのだろう。そんなふうに識別していただけだった。けれども、到底出逢うことのないはずの女が眼の前に現れたとき、ノゾミの感情は一気に膨れ上がった。


 あれは、〝美しいから〟という理由ではなかった。もちろん、それを面にしたことなど一度もないのだけれど……。


「やっぱり、もうやめにしようよ」


「でも、花を摘まないといけないの」


 アユムはソラに頬ずりしながら、エリの言葉をひと吹きの風と同じ程度に扱った。アユムは花を摘む。自分で作った小さな革の袋に、乾いたはなびらを詰めて、我楽多屋の棚に並べる。花は虹色をしているのだから、きっと虹の香りがするのだと、アユムは言っていた。虹が何かは知らない。虹の香りは嗅いだことがないのでエリには判らない。「花を摘む行為に何の目的があるの」と訊ねたこともあったのに、アユムはそれさえ忘れてしまうのだ。


「匂い袋を待っている人がいるの」


 アユムが言うと、ノゾミは飛び出した眼で、ぎょろりとエリを見た。匂い袋の行方など、エリもノゾミも知っている。エリは、ふう、と溜め息をついた。


「危ないことをしてまで、花を摘む必要はないと思うけどね」


 エリの言ったことの全部が解らなくて、アユムはまたソラの首を抱き寄せた。

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