第13話

 繭は〝正確に〟進路を逆走した。人形であるソラの修理さえすればいいことなのだけれど、エリは必要もないのにノゾミを急かしていた。大きな眼をくるくる動かして、その様子を面白がっているアユムの顔がモニター画面に映し出されている。エリが満足そうに見ていると、ごぶっ!と、突然頬を打たれたような衝撃が走った。反射的に外を見ると、


「ニナ!」


 そこにあったのは、ほほえみを浮かべた〝ニナの首〟だった。透明な繭の内部は狭く、〝それ〟はまるで頬ずりでもしそうだったので、エリは思わず、ぎょっ、と眼を剥き仰け反った。


 ノゾミはスピードを上げた。繭に突き当り張りついた〝ニナの首〟は、風に弄ばれながら砂の上をころころと勢いよく転がっていった。


「あれは……ギィーだ」


 よく見えない眼をほそめたエリは、砂塵の中で光る鎧を見つけた。しゃなりとしなる首のない裸体を片手でぶらさげたギィーは、枯れ枝でも折るように腕を引きちぎっている。

 

 更にスピードを増した繭は、持ち上げられたニナごとギィーに激突した。激しく砂が舞い上がる。肩の関節から無数の腺が飛び出した腕が、繭にぶつかって透明な液体をまきちらした。


「海の水みたいね」


 呟いたアユムの視線は、くねくねと指をうねらせて飛んでいく腕を追った。同時に剥がれた鎧の一部と鉱物の欠片が音をたてて当たりながら、アユムの肩先を抜けていく。


「虹の花のせいだ」


 エリは言った。


「花のせい?」


「皆、それに引き寄せられているんだ。アユムもニナもギィーも……」


 そして、ちらりと後ろを見て、付け加える。


「……そいつも……」


 アユムは胸に手を置いた。


「その花は海の傍でしか生きられないんだよ。あの、海の……。花に導かれて、最後は海の餌食になるんだ。ああ、もしかしたら、花と海は結託しているのかもしれない」


 エリは悔し気にくちを歪めた。


「でも、エリは〝かわいそうだ〟って言ったじゃない。花が〝かわいそうだ〟って。それなのに、どうして花のせいなの?」


 胸に置いた手をきゅっと握ったアユムは尋ねた。


 それは……砂粒にしがみつくように生きているからだ。だからこそ、命の終わりに美しい歌を聴かせてくれるのかもしれない。いいや、摘まれても、なお芳香を放つのは、まだ生きていこうと足掻いてみせているのだ。けれども……どれだけ生命力を見せつけられても、アユムを誘惑されるのは嫌なのだ。


 エリは、アユムの問いに、何も応えなかった。

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