第12話

 透明な繭型の船が右へ左へと滑っていた。時折速度を落とし、砂の海で旋回する。打ちつける波にもまれ、うろうろと来た方向に戻り、しばらくすると別の進路に向かう、を繰り返す。ノゾミの操縦が下手なわけではなくて、茫然たる砂地に目標が見当たらず、エリの案内だけを頼りにしていたからだ。

 

 色の無いエリの瞳は物を映すのが苦手だった。隣のノゾミに、あっちだこっちだ、と指差してはいるが、正確さを欠いている。そもそも、アユムと別れてから元居た場所に戻ることさえままならず、ノゾミに会うまでにも随分と時間を要していた。


 ノゾミの方は、大柄で強靭な体のどこに秘めているのか、操縦席で点滅するパネルを指先で器用に操っていた。飛び出した眼をきょろきょろさせながら、エリの指し示す方向にも言葉にも、一切洩らすことなく従っているつもりだが、どうにも気持ちが伝わっていないようだ。悪い、と言われたことは一度もないが、他者とは大分と異なる見てくれだったので表情を読んでもらうことは難しい。それでも黙々と、岩にぶつかってはひっくり返りそうになりながら砂を蹴散らしていると、粉塵さえ見逃さない出眼がふたつの人型を捉えた。


 急ブレーキのせいで、エリは前のめりになった。岩を撥ね飛ばす寸前に滑ることをやめた繭が砂を被ったとき、今度は後ろに反り返る。項垂れたソラを庇うように肩を抱いたアユムは、眼を見開いて、今にも岩に乗り上げそうな繭を見下ろしていた。繭の上部が割れるように開くと、エリは言った。


「待った?」


「いいえ」


 エリとノゾミがここまで来るのに、さぞ難儀だったのではないか、と想像することも、時間を観念的にしか捉えられないことも、アユムが生きていくためには、さほど重要な事ではなかった。

 

 しなやかに腕を広げたノゾミは、そうすることが自分の役割であるかのように、黙って岩によじ登ると、易々とソラを抱え上げ、繭の後部座席に腰掛けさせた。その後で軽々と岩を跳び下りたアユムが、すとんとソラの隣に納まり、据わりの悪い彼の首を抱き寄せる。繭の扉を閉じると、埃臭かった船内に花の香りが漂った。

 

 これは花の香りであって、アユムの香りでもある。くちを利くのが得意ではないノゾミは、その香りを存分に記憶していた。

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