第11話
幾度の夜明けを迎えたのだろう。判らぬままアユムはいつものように、ソラの体を薄く覆う砂を掃い落そうと手を伸ばした。すると、指先が小刻みに震え始め、ソラの背中からざらざらと砂が零れた。
動き出した両手をカクカクパタンとがりごりの岩肌について、ソラは上体を起こした。かくんと角度を変えた首が、音をたてて軋みながら吊り上がっていく。ひとつだけ埋め込まれた眼球が見据える先に、ふらふらとゆれる人影がぼんやりと浮かんで近づいて来る。
エリ……じゃない。
アユムは腰の棒を握りしめた。ふらり、ふらり、とやって来たのは、すらりと背の高い端正な顔立ちの女だった。布切れ一枚身に着けていない女は、岩の上に座るアユムを見上げると、しゃんと背筋を伸ばして首を傾げた。
「コ・ン・ニ・チ・ハ」
女はニナと同じ顔をしていた。
「こんにちは」
腰に手を当てたままでアユムが答えると、ニナと同じ顔の女は艶々したくちびるに笑みを浮かべ、左右に大きくふれながら通り過ぎて行った。威嚇する獣の恰好をしたソラは、女の後ろ姿を片眼で追った。
「大丈夫よソラ。あれは〝ただのニナ〟だから。あれは〝彷徨う人〟なの」
アユムはソラの肩に手を置いて宥めた。〝ただのニナ〟とは行く先々で度々出会っていた。何人いるのかは定かではないが、どのニナも〝我楽多屋のニナ〟とは同じであって違っていた。彼女たちは押し並べて愛想が好く笑顔を絶やさないのだけれど、どうにもつまらないのだ。気怠そうに腕を組み、頭上から見下ろしながら嫌味を言う〝我楽多屋のニナ〟の方が、アユムにはずっと魅力的だった。小さくなる〝ただのニナ〟を見送りながら、アユムはソラの頭を撫でた。
「ねえソラ、あなた動けるの?」
髪に絡ませた指をほどいて頬を撫でると、ソラのくちびるがもの言いたげにふるえた。ぱきん。くちびるの端に亀裂が入る。
ああ……。
アユムはソラの頬を撫でながら、くちびるでそっとその傷に触れた。
「あたしがね、あたしが守ってあげる。ちゃんと、ちゃんと、ね。そうよ、エリがノゾミを連れて来てくれるのよ。ノゾミは、とても腕のいい修理屋なの。きっと、また昔みたいに……」
アユムはその先がぷつりと切れたようにくちを閉じ、無表情に膝を抱えた。ソラは軋む体でアユムと同じ格好になると、彼女にぴったり寄り添った。そして、おそらくは遠い昔、本当の空を映していた海と同じ色の片眼を閉じた。糸が切れたようにソラが、こくん、と首を垂れると、アユムの胸元から、花の香りがふわりと流れた。
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