第10話
「アユムは変なモノばかりを拾う」
エリは傾斜した岩の側面に寝そべって言った。顔のすぐ横に、だらりと垂れたどろどろの素足が見える。少年の衣服はあちこちが破れてめくれ上がり、どこにどう手足を突っ込んでいるのかが判らなかった。
「こんなに古くて壊れた人形、どうするつもり?」
雨空を見上げて尋ねた。
「どうしよう……」
岩に抱きついたアユムは、鼻の先で顔を半分こちらに向ける少年の髪を洗うように撫でて答えた。
「……どうしようか……ソラ……」
アユムは人形を〝ソラ〟と呼んだ。エリは、その声が雨音で聞こえないふりをした。もともと耳はよくないのだ。聞きたくない声は、聞こえないふりをすればいいだけだと、じっと雨を睨んだ。
アユムとエリとソラは、岩の一部のように、長い時間動かずにいた。雷雨は時に激しく岩を砕き、諸々の骸たちを伴って海へと流す。海の底で拾った細い月型の骨や、巨人から剥ぎ取った仮面が消え失せてしまうのを横目にしながらエリは思う。
よくも、ぼくたちが雨に溶かされてしまわないものだ。だけど、アユムとなら塵になって海に流されてもいい。ぼくは、それでいい。
そうして雨の音が止み、辺りが静まり返った頃、エリは息を吐くほどの声で言った。
「ノゾミを呼んでくる。そいつ、連れていくんだろう? ぼくらふたりで運ぶのは無理だから」
塵を全て洗い流した空は、いつもよりくっきりと月を映した。薄闇と静寂の中で、エリは湿った大地に足を下ろす。
「こいつを持っていろよ」
岩に抱きついたままのアユムには〝こいつ〟が何なのか、暗くてよく判らない。そろりと地面に下りると、泥水が、くちゅ、と跳ねた。眼前に突き出された物が何であるかを確認するように眼を凝らすと、ほんの少し光が反射する。
エリは片手を伸ばし、そろそろとアユムの体をまさぐると、たどり着いたてのひらに金属棒を握らせた。幾分、月明かりはアユムの額を照らしているのであろうか、エリは軽く腰を落とし、顔と思われる辺りを覗き込む。指先で顔の輪郭を探り、眉間に人差し指を置いた。
「ここ……わかる? ギイーが襲ってきたら、ここを衝く。いいね」
言い置き、エリは背中を向けた。空を見上げ、進むべき方向を見極めると、くちゅり、くちゅり、と歩き始めた。
エリの足音が聞こえなくなった頃、アユムは白み出した地平線を眺めまわした。エリの姿は見当たらない。岩を見上げると、雨が地面を削ってしまったせいなのか、心なしか天辺が高くなったようだ。
あたしは、うんと小さくなったみたいだわ。
けれど、その僅かな窪みも、じきに運ばれる砂に埋もれてしまうだろう。アユムはエリが持っていたときよりも長く見える棒を、彼の真似をして腰に差した。再び岩をよじ登ろうとしたら、それがぶつかって鉦のような音をたてる。アユムは、岩肌に張り付いたボロ布のようなソラに寄り添って、膝を抱えた。
サイレンが鳴った。六機の飛行物体が上空を過ぎた。そして、ふたつの月が出たり入ったりするのを幾度か眼にした。その間、周りがかすみに包まれると、ソラの髪に降る砂を指で梳き、衣をはたいた。ソラの皮膚はやわらかく、どこを撫でてもアユムと同じ手触りがした。
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