第9話
「……ねえ、エリ。何かしらね」
見えなくなってしまったエリに、アユムはぽつんと呟いた。泥の中で、何かがアユムの胸にすがっている。大きな石塊のようにも思えたけれど、丸みを帯びたそれには、やわらかい毛がたっぷりと生えている。頭髪の残る生物の頭蓋骨ではないかと、アユムは雨に洗われていく丸い塊を何度もてのひらで拭った。
うつむいた塊を両手で挟み、そっと裏返すように撫でるとぐらぐらゆれる。脇に抱きかかえ、髪を撫でつけ、泥を拭うと、子供の顔が現れた。子供は閉じていた片眼だけをゆっくり開き、ふり落ちる雨を眼球で受け止めた。もう片方の眼には、底の知れぬ闇がぽっかりと穴を開けている。ぱ・ち・り。アユムは、その顔を写すように大きく眼を見開くと、ゆっくりと、一度だけ、まばたきをした。
「アユム、アユム!」
エリの声に眼を上げた。アユムがついて来ないことに気づいて後戻りしたエリは、握りつぶした花のようにぐっしゃりした顔だった。
エリは泥穴に埋まるアユムを見つけると膝をついた。両手で泥をかこうと四つ這いになった途端、膝頭から足の付け根までが、ずぶりと埋まってしまった。それでもかまわず泥をかいたけれど、かいた端から泥水が流れ込む。
「……くっそ……」
このままでは自分まで埋まってしまう。エリは腰の革ベルトに挟んだギィーの仮面を取り出した。ギィーの仮面を使って泥をかき出すと、アユムの上半身が泡を噴く泥水に浮き上がった。抱かれた子供は、アユムの隣で岩にもたれて沈んでいた。エリよりも、ずっと幼い少年だ。
足をとられながら岩に登ったエリは、腹這いになり頭を下にしてアユムに手を伸ばした。岩はぼろぼろ崩れ、腕を掴まれたアユムは、何度も滑り落ちたけれど、少年の首に掛けた腕を離そうとはしなかった。
エリは、雨で滑る岩に片手でしがみつくと、アユムの手を離して、少年の脇に手を差し込んだ。エリがぷらぷら力なくゆれる少年の体を引っ張り、アユムは岩に押し付けるように下から持ち上げる。少年は岩肌に傷つけられながら引き上げられた。
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