第8話

 砂を踏みしめる度、風は乾き、強く吹く。この風のひと吹きが、どれだけの〝よくないモノ〟を運ぶのか、誰も知らない。知ったところで、どうにもならない。既に、それらは世界を覆い尽くし、水底に沈んでいた。


 あんなに遠かったかしら?


 アユムはふり返り、また呟いた。大地はもっと力強く、山は天に向かってそびえ立ち、海は生き物の棲み処ではなかったか。〝よくないモノ〟よりも刺激的な日々があったような気がする。今は、ただ時間を消費するために、朽ちた生物を拾うだけだ。


 墜落した飛行物体が、透明な膜を被ったまま海面に浮かんでいる。あれも、そのうち海に溶かされ、跡形もなく消えてしまうのだろう。と、大きな金属の行く末をぼんやり想像する。


「アユム」


 エリは急かすように言った。間もなく、空はぴかぴかと瞬きを繰り返し、怒りの声をあげた。幾本もの光の矢が、空から海へと放たれ、砂嵐が激しく舞う。

 

「エリ、エリ」

 

 ぶつかる砂粒たちの鳴き声は、アユムの声を簡単に消した。視界を遮る砂塵を押し分けながら、前を歩く擦り切れたシャツを掴んだ拍子に、ぴりっと背中が破れた。足を止め見下ろすエリの肩越しに、アユムは指を伸ばした。エリの頬をつんっと指先がかすめる。


「エリ、そこ。そこに、虹の花があったの。来るときに見つけたの、その岩に間違いないわ」


 砂嵐の中で見え隠れする岩を指差している。アユムは、立ち止まったエリを追い越すと、引っぱられるように、砂に埋もれて縮こまった岩に跳びついた。両手を広げ、ぼろぼろと崩れる岩の表面を撫でまわし、指の間に挟まれた小さな花を見つけると、眉根を寄せるエリの眼の前できつく握りしめた。

 

 あ────あ────あ────あ────────


 引き抜いた瞬間、指の透き間から、強い芳香と共に美しい歌が流れた。断末魔の悲鳴だ。


「かわいそうだ」


 エリは、アユムの手の中で、風に煽られる花を見て言った。


「花よ」


「花でも……」


 怒りの声はがらがらと更に激しくあがり、ぽつっぽつっと水の弾が砂地を打つ。アユムは、胸を開いて花を押し込みながら、不思議そうにエリを見た。アユムの視線から逃れるように背を向けたエリは、くちびるを噛んだ。


「行こう。濡れた砂は厄介だから」


 降り出した雨に空を見上げ、エリは歩き出した。アユムは、まつ毛に乗る雨を払うように首をふり、エリの背中を追った。「かわいそう」という言葉が、頭の中で反芻する。


 すぐに豪雨となったせいで、崩れた砂が足を吸い込んだ。一歩は重く、アユムは採集した生き物の残骸を杖にした。太ももまで埋まった足を抜こうとしたら、もう片方の足が砂に沈んだ。岩に爪をたててみたけれど、体はずぶずぶと傾きながら沈んでいく。


「……エリ……?」


 体が半分埋まったところで、アユムはくちを開いた。エリの背中が遠く雨にかすんでいた。

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