第3話

 大地が轟き、脚がふるえた。広域に聞こえるよう元々は高い位置に設けられていたであろう巨大なスピーカーが、我楽多屋の隣にごろりと転がった岩を押し上げるように、地面から半分顔を出していた。あちらこちらから異なった音程のサイレンが鳴り出しては、スピーカーから飛び出した音を追いかけ、頬にあたる空気までふるわせる。まるで時間が止まったようだった。アユムは靴のつま先に眼を落とし、ニナは空を見上げたままだ。


 その見上げた視界の端から端を、黒い影が一直線に横切っていく。翼を広げた影が、もやもやと濁った空に消えていくと、ふたつ目の影が音を被せながら現れる。ふたつ目の影が消えていくと、また次の影が現れ、その影が消えると、また次の影が現れる……


 毎日、同じ時間に鳴るサイレンと、七つの翼がたてる轟音……それが過ぎてから、ここに住まう者たちはくちを開く。何も、急ぐ必要がないから。そうして、アユムは喧騒の去った曇り空へと、ゆっくり顔を上げた。



 強風で飛ばされてしまいそうなほど、ごろごろした石ころばかりの飢えた大地に、頼りなくぽつんと建つ我楽多屋をふり返ったアユムは、片手を挙げて大きく回した。ニナは、それに応えることをしなかった。ぼやけた景色に掻き消されていく少女を黙って見送った。大きさの違う双生児の衛星が、淡々と歩くアユムの背景に、はっきりしない輪郭で浮かんでいた。






 あんなに遠かったの? 我楽多屋のニナと別れてからどのくらい経ったのかしら?


 立ち止まったアユムは、どこまでも続く砂浜をぐるりと見渡した。遥か遠くに見える、ゆらゆらうねる輝きが、海のものなのか、色を変えた砂なのか判らずに呆然と立ち尽くす。答えは出ない。だから、またぎゅっぎゅと砂を踏みしめる。時間がかかろうとも、目的地には確実にたどり着けるから。


 迷わぬよう、以前から目印にしていた巨大な岩が、砂に埋もれていた。一面の砂の間に、ところどころ顔を出す岩の中でも、一際目立つのでよすがにしていたのに、アユムのような小さな子でも、簡単に天辺まで登れそうな高さまで埋まっている。


 この先には海が広がっているはずだった。

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