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その後も奴は必ず、戦いの後には何故だかここを訪れた。まるで旧知の友を訪れるかのように、気軽に。もっとも、俺に友人はいないので定かではないのだが。奴と会ったのは戦場が初めてだし、むしろ戦場以外で会うことはないだろうと踏んでいた。なのに奴は、夜には俺の部屋へと現れ、好き勝手に喋り倒して気が済んだらいなくなる。そして、次の戦場では、何事も無かったかのように、鋭い殺意を向けてきた。初めはなんて異常なのだろうと思ったが、その空間を受け入れてしまっている自分も、相当に異常なのだろう。実際、奴といる時間は別に苦ではなかった。奴の婉曲した言葉を、俺は一種の娯楽として受け入れている。

俺の少ない言葉にも、きちんと奴は耳を傾けた。何より、同格の力を持っているから、恐れられることがない。嬉しいと言っていい感情だろう。

故に、思考したことがある。


もしも、敵でない状態で出会っていたら。

俺と奴は、どういった関係になれただろうか。


未だ髪を濡らす水滴とともに、決して実現するはずのないもしもを振り払う。ガサツだとでも言うように、奴は薄く笑った。構わず、至って静かに答える。

「俺の国の連中は、お前がここまで死ななくて、残念だと思っているんだろうな」

目の前に座り、用意されていた俺の分のワイングラスを手に取って揺らす。

「そりゃあ、僕の国の人間だって、君をここまで殺せなかったことは、屈辱でしかないと思うよ」

奴のためにワインを用意していた日もあった。しかし、今回は奴自らで持参したようである。毒物などは入っていないらしい。

「安心していいよ。僕は明日が楽しみでしょうがないんだ。ここで君を殺したら、誰が僕を殺すの」

少々不満気な声が漏らされる。自分以外に倒される気はないらしい。

「そこは心配していない。ただのクセだ」

「そうだね、君は大変だった」

感情がこもっていない。なんにせよ、奴がこんな姑息な手で人を殺すとは思えない。だからこそ、大人しくその赤を喉に流した。熱い。彼と出会ってからしばらく経っても酒に慣れていない身が、そう主張している。

「っていうかその言い方、君は残念じゃないみたいだね。いいの、そんなこと言っちゃって」

「お前と違って、俺は人を殺すことが快楽ではないからな」

「僕も別に人を殺すことが好きなんじゃないよ。人が死ぬ瞬間が好きなだけ」

だけ、どころの話ではないと、彼は気付いていないのだろうか。

「ここまで戦ってきたが、全く違いが分からなかった」

「全然違うよ。殺すんじゃなくて、死ぬ瞬間。だから」

「別に僕の手で死ななくてもいい。勝手に相打ちに遭おうが、自ら絶望して命を絶とうが、その瞬間は素晴らしいものだからね……ってか?」

彼は驚いたように目を開いた。

「それ、僕の真似?」

「さぁな。ただ、何回も聞いてきたからな。覚えてしまった」

「似てないなぁ、ぜんっぜん、似てない」

奴は声をあげて笑った。本当におかしかったようで、腹の辺りを押さえている。

「俺から見たお前は、大体こんな感じだが」

「君がやると堅苦しいね、君の方が教会騎士似合ってるんじゃないかな。戒律とか守れるでしょう?」

「人と群れるのが嫌いだ。不本意だが、今の恐れられた状態が一番動きやすい」

「だろうね、言うと思ったよ。僕も今の状態が一番だもの。戒律はあれども、安心と信頼があるからね」

「お前らがそれを語るのか」

「安心と信頼を人々に提供する側ですから。裏側で僕たちがそんな状態じゃなくったって、全然構わないのさ」

奴はせせら笑った。そして訪れる沈黙。俺たちは、敵同士であるというのに多くのことを喋りすぎた。過去はあっても、現在は戦いに明け暮れ、そして未来があるとは限らない。話せることは、もう残されていなかった。

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