第45話

 あなたたちご夫婦には大変迷惑をかけました。

 あなたたちが育ての親となって下さったことやツヨシくんがお兄さんになってくれたことは、不幸な境遇で始まったあの子の人生にとってせめてもの救いだったと思います。

 何とお礼を申し上げて良いか分かりません。


 それと私のことをずっと黙っていて下さりありがとうございました。

 あの子は一人で秘密を抱えて生きられるほど、強い子ではありません。

 事実がシズカに知れれば、きっと私たちを恨んで、あの人にもそれは伝わってしまったでしょう。

 あの人はそれでもわたしを手元に置いてくれるほど甘い人ではありません。


 もちろんあの人の近くにいたい、という気持ちもありました。

 しかし、それは母としての気持ちに勝るものではありません。

 何よりも、わたしはシズカの近くにいたかった。あの子のそばでその成長を見守りたかった。

 勝手な言い分と思われても仕方ありません。

 いくらあの子を陰から支えたところで私の罪が軽くなるわけではありません。

 それでも、もし私が生きることを許されるのならあの子の傍以外には考えられなかったのです。


 あの子が病気になり、病棟に入院することになったとき、私は嬉しかった。

 彼女には大変申し訳ないことです。

 でも、これでやっとあの子の面倒をみてやることができる、そう考える自分を止めることができませんでした。

 それからしばらく私は、彼女の世話をできる幸福を噛みしめておりました。


 かつて代理ミュンヒハウゼン症候群の母親の担当になったことがあります。

 そのときは全く理解できなかった母親の気持ちが分かった気がしました。

 もちろん、ミュンヒハウゼンのように故意にシズカの病状を悪化させたことはありません。

 それに、あの子はそんなことをしなくても日に日に、目に見えて悪くなっていきました。

 そして、あの子の具合が悪くなり、仕事が増えるごとに私の幸福も増していきました。

 それは残酷なことでした。

 私の母親としての気持ちは強くなり過ぎ、歪んでしまったのかもしれません。


 普通なら、自分の幸福よりも、我が子が救われることを願うでしょう。

 もちろん、私もずっとあの子を救ってやりたいと思っていました。

 しかし、あのときのシズカをどのように救ってやったら良いのか私には全く分かりませんでした。


 あの人が示した手術の計画はまやかしの希望に覚えました。

 私もこの仕事をして二十年以上になります。多少でも医学知識があり、あの子の病気が現在の医学では治療できないことは理解しておりました。また、医師の無理な治療方針で苦しむ患者さんもたくさん見て参りました。

 シズカをこれ以上苦しめることだけは避けなければなりませんでした。

 あの子を救うために私ができることは、計画を止めることだけであるように思えました。

 私は自分で申し出て、オペ室担当となりました。


 あなたも看護師なのでおわかりだと思いますが、医師の中には血管確保に自信のない方も多く、そうでない場合も、こちらから申し出れば断られることはほとんどありません。

 私はシズカの血管に針を刺し、塩化カリウムを流し込みました。

 娘を殺してしまったことを、私は後悔しておりません。

 娘のことは私が始末をつけるべきだとずっと考えておりました。あの子を救うのはわたしの仕事です。他の誰にも任せることはできません。

 あの子は私と羅無蔵さんの子どもですから。

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