夜色の竜
教皇庁の一室から逃げ出してきたヴィーヴォを出迎えたのは、不気味なほど静かな街並みだった。
銀翼の女王の中には、美しい街が
吊るされた灯花で輝く店には、肉屋、魚、鮮やかな花が並び街を彩っている。
それらを背景に、美しい星空が透明な街の外には広がっていた。
そこに通りを往来していた人々の姿はない。代わりにあるのは、黒く輝く
ひゅん、ひゅんと夕顔の花は悲しげにヴィーヴォに向かって音を発する。その音から、これらの花がマーペリアの吐いたものだとヴィーヴォには分かった。
「マーペ……どうして……?」
じわりと眼が涙で潤んでしまう。ヴィーヴォはしゃがみ込み、そっと夕顔の花をなでていた。夕顔の花に変えられた灯花は転生することなく、永遠に水底で咲き続ける運命を背負わされる。
金の一族が代々製法を伝えている
恐らく、夕顔の花は銀翼の女王の中で生活をしていた人々の魂だ。この巨大な竜骸を動かすためには大量の灯花が必要になる。マーペリアはその灯花を手に入れるために、聖都の人々を夕顔に変えたのだ。
「君は、そんな
何が彼を狂わせたのだろう。
ほろりとヴィーヴォの頬を涙が伝う。その涙は黒い夕顔の花弁を小さくゆらし、床へと落ちる。
「マーペリア……」
ぎゅっと自身を抱きしめ、ヴィーヴォはこみ上げてくる涙を必死になって
そのときだ。外で大きな爆音がしたのは――
驚いて、ヴィーヴォは水晶で隔てられた星空へと顔を向ける。
夜色の竜が星空を舞っていた。その竜を見て、ヴィーヴォは息を呑む。
竜は機械竜たちに追われていた。
「父さん?」
漆黒の眼で機械竜を睨みつけるその姿は、水晶に閉じ込められている父そのものだ。黒い炎を吐きながら、竜は自身に襲いかかる機械竜たちを倒していく。
火花を散らしながら機械竜が落ちていく。爆発する機械竜を背後に
「ちょ、こっち、来る!?」
瞬間、
竜は竜骸の背骨を打ちこわし、中央通りへと侵入してくる。その衝撃に、ヴィーヴォは地面へと押し倒されていた。倒れてくるヴィーヴォの体を、灯花たちが優しく受けとめてくれる。
竜の
顔をあげると竜が大きな顔を自分に近づけ、
「なんだよ……。こいつ……」
ヴィーヴォの言葉に、灯花たちが悲しげな音色をたてる。その音を聞く竜は、悲しげに漆黒の眼を細めてみせた。
その眼差しが、あの人と重なってしまう。
囚われているはずの兄と――
「兄さん?」
教皇が竜になったことを思い出し、ヴィーヴォは口を開いていた。竜は悲しげに鼻を鳴らし、顔をヴィーヴォに
「本当に、兄さんなの?」
ヴィーヴォの言葉に竜は悲しげに眼を細めるばかりだ。
「なんで……? なんで、兄さんまで竜に……? 何なんだよ、これ……?」
声が震えてしまう。
そんなヴィーヴォを慰めるように、ポーテンコである竜は弱々しい鳴き声を発してみせる。
「マーペリアっ! どうして!?」
友だった少年の名をヴィーヴォは叫んでいた。それでも、その声に応える者はいない。ただ、竜になったポーテンコが小さく翼をはためかせただけだ。
「グゥっ!」
低い唸り声をポーテンコがあげる。ヴィーヴォはそんな兄を見あげていた。
あそこに、兄は何かあることをヴィーヴォに知らせようとしているのだ。
竜骸に頭部には、
恐らく、あそこにマーペリアはいるのだ。
そして、ヴェーロも――
「連れて行ってくれるの? ヴェーロのもとに……」
立ち上がりヴィーヴォは兄に問いかける。兄は低く唸り、背中をヴィーヴォに向けてきた。
「まさか、兄さんの背中に乗る日が来るなんてね」
「グゥ!」
苦笑するヴィーヴォに顔を向け、ポーテンコは
背中に乗れと急かす姿が何だがヴェーロと似ていて、ヴィーヴォはこみ上げてくるものを必死になって押さえていた。
ヴィーヴォは眼を
「行こう、兄さん。僕たちの愛しい
ヴィーヴォの言葉に、ポーテンコは鋭い
聖都中にばら
機械竜からの
ヴィーヴォが手を
鱗は空中を
鱗に切り裂かれた部分から火花を散らし、機械竜たちは
前方を睨みつける。
ヴィーヴォたちの行く手には、巨大な緑の竜が立ちはだかっていた。翠色の眼を嫌らしく歪め、竜は
竜になった教皇だ。
「グゥ!!」
兄が唸る。ヴィーヴォはポーテンコの背を静かになで、声を発した。
「兄さん、打ち合わせ通りにいける?」
ヴィーヴォの言葉に応えるように、ポーテンコは小さく翼を動かす。ヴィーヴォは口元に笑みを浮かべ、兄の背から跳び降りていた。
教皇の咆哮が耳朶に轟く。ヴィーヴォは、腰に差した灯花の短剣を抜き放っていた。
「頼む、力を貸してっ!」
ヴィーヴォは短剣を頭上に掲げる。短剣は眩い光を放ち、刃を蔓へと変えた。その蔓が、教皇の首に巻きつく。
ヴィーヴォはその蔓にぶら下り、
その教皇の首筋に、ポーテンコがかぶりつく。ヴィーヴォは短剣の蔓を教皇の首から放し、紡ぎ歌を奏でていた。
空中に投げ出されたヴィーヴォの眼に、星たちが吸い込まれていく。
体を輝かせながら、ヴィーヴォは前方へと手を
その壁を蹴りあげ、ヴィーヴォは上空へと飛んだ。
歌が止むと同時に、唇から灯花が生まれる。灯花は物凄い勢いで成長し、竜骸の頭部へと伸びていく。
ヴィーヴォを乗せ、灯花はぐんぐんと頭部を目指して成長していく。
鋭い
緑の竜に噛みつかれ、ポーテンコが悲痛な声をあげている。
兄は竜を睨みつけ、傷を負わせたその首筋に再度噛みついてみせた。緑の竜は悲鳴をあげながらも、翼を激しく動かし兄を引き離す。
吹き飛ばされる兄に、緑の竜は火球を発する。兄は翼を大きく翻し、その火を消してみせた。
ポーテンコの漆黒の眼がヴィーヴォを捉える。ヴィーヴォは真摯な眼差しを兄に送り、近づいてくる竜骸の頭部を
ヴィーヴォは頭部に向けて片手を翳してみせる。ヴィーヴォの前方に鱗が集まり、それは小さな竜の形をとった。竜たちは火球を吐き、竜骸の頭部を攻撃する。煙とともに爆音があたりに轟いて、竜骸の頭に穴を作り出した。
体を丸め、ヴィーヴォは穴の中へと飛び込んでいった。
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