星の森

 人といると、本当に落ち着かない。

 そう思いながらも、ヴィーヴォは男たちに連れられ集落に続く山道を歩いていた。ヴィーヴォが歩くたび、周囲の木々があわい光を吐き出していく。

 死んだ人の魂は星となって空を彷徨さまよう。だが、花吐きであるヴィーヴォの存在に引き寄せられ、この森には流れ星となって落ちて来た星がとどまっているのだ。

 灯花ともしびばなにしてあげるといっても、彼らは言うことを聞いてくれない。花吐きは、自身の命をかてとして魂を灯花へと変換させる。そのため、花吐きのほとんどは大人になる前に死んでしまうのだ。

 それを知っているから星たちは花になることを望まない。森にとどまって、自分たちが浄化される順番を静かに待っているのだ。

 そんな星たちに、ヴィーヴォは心の中でおいでと声をかける。その呼びかけに応じるようにヴィーヴォの眼に宿る星屑ほしくずめいた光が明滅めいめつする。

 花吐きの力は眼に宿る。花吐きたちは眼に星となった魂を留め、つむぎ歌をうたうことで彼らを灯花に変換へんかんすることができるのだ。

 ヴィーヴォの呼びかけに応じて、輝きを放ちながら星がヴィーヴォの眼の中へと吸い込込まれていく。

「本当に、人間なのか……?」

 後方で小さな声が聞こえて、ヴィーヴォは苦笑をにじませていた。

 彼らにとって自分は人間ではない。だから、自分はここに来ても神様のようにあがめられてしまうし、聖都ではずっと暗い霊廟の中にいて祈りを捧げることを求められた。

 ヴェーロの卵が落ちてくるまで、自分はずっとひとりだった。

「あの……こちらです……」

 先頭せんとうにいた初老しょろうの男がヴィーヴォに話しかける。彼は集落をまとめる長老だ。彼は、ヴィーヴォの所属する黒の一族の傍系ぼうけいでもある。

 我に返って、ヴィーヴォは彼を見つめていた。

 道が途切れ、前方に小さな家が建っていた。鬱蒼うっそうとした大木に覆われた家は白い石英せきえいを組み合わせて作られている。光苔ひかりごけおおわれた半円状の家は黄緑色の光をまとっていた。その光に混じって、蒼い光が家を取り囲んでいる。

「星があそこにいるんですね……」」

「放してしまうと、どこかにいってしまいますから……」

 男が答える。振り向いてみると、彼は悲しげに眼を伏せていた。

「花吐きさま……。灯花になった命は、どこへ行くのでしょうか?」

 眼を細め、男は自身の手首を強く握ってみせる。その声がかすかに震えていることに気がつき、ヴィーヴォは男に優しく声をかけていた。

「それは命が決めることです。だから、僕らはただ見守ればいい。命はきっと自分を想う人の側にいたいと思うから……」

 男が顔をあげる。彼は驚いた様子で眼を見開き、ヴィーヴォを見つめてきた。そんな男にヴィーヴォは微笑んでみせる。

「ありがとうござます……花吐きさま」

 しわの寄った眼を細め、男は微笑んでみせる。その眼が少しばかりうるんでいることに気がつき、ヴィーヴォは胸を高鳴らせていた。

 人の優しさにふれるたび、ヴィーヴォは不思議な感覚を味わう。まるで、ヴェーロの体を抱きしめているような心地よさを感じてしまうのだ。

 自分自身に、その優しさを向けてくれる人はいなかったのに――

「彼女の、お陰かな……」

 きゅんと愛らしい恋人の鳴き声が耳朶じだよみがえる。ヴィーヴォは呟いて、男に言葉を発していた。

「素敵な歌をうたわせていただきます。亡くなったあなたの大切な人のために――」

 笑顔を浮かべるヴィーヴォに、男は微笑みを返してくれる。

 だが、ヴィーヴォは気がつかなかった。

 その男の笑みが、ひどく悲しげなものだということに。

 自分たちを森の暗がりから、監視かんししている存在がいるということに。

 ヴィーヴォを見つめるそれらは、不気味な羽音をたてながら森の中にひそんでいた。

 ヴィーヴォと男は木製の扉を開け、家の中へと入っていく。

 それを見計らったように、それらは森から抜け出ていた。





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