子供の恋 その3

 この男友達が恋人と別れた直後に、話を聞いた事がある。やはりこの居酒屋で、その日も多くの人で賑わっていた。


彼女に、結婚してって言われたんだ。

もう四年でしょって。最初は何を言ってるのかさっぱり分からなかった。だから、何がって聞いたら、結婚してって・・・。で、ずっと黙ってたら、考えてくれてたんでしょって。いいやって言ったら、遊びだったのかって。

遊びのつもりじゃなかった。まじめだった。まじめだったんだけど、その先に結婚は考えてなかったんだ。彼女と結婚したくないって事じゃなくて。結婚の存在自体考えた事がなかったんだ。

もう少し待ってくれ、とも言えなかった。何て言うのかな。まだ彼女をそういう風に見たくなかったんだ。

だからそう言った。そうしたら、彼女、むちゃくちゃ怒り出して、泣き出して。しまいに、そこらへんのもの手当たり次第僕にぶつけてきて。どうしたらいいのか分からなくて。最後の方は、僕ら同じ事叫んでた。どうしてって・・・。

彼は少し黙り、最後にぼそっと言った。

「真剣だったんだけどな」


彼女の事を、真剣に好きだったのだろう。

そう思った。ただそれだけだったと言う事が、問題なのだ。しかしその話を聞いた時、真希は何も言えなかった。過程は違っても、恋人に全く同じ事をした自分に、一体何が言えただろう。

子供なら許される事が、大人になってからは許されない事がいっぱいある。

恋愛も、その一つなのだ。

難しい。

私はまだ大人じゃないのに。

二十七という年齢だけが、立派に大人ぶってる。


大人の恋。

何もかもがわずらわしい。独身の男女が恋をすれば、行き着く先は一つしかないのだ。


結婚。

できなければお別れ。


子供のように自分が諦めるまでずっと、恋ができる、なんて事はできない。

決着をつけねばならない。

そして、大人になればなるほど、その決着への時間は短くなるような気がする。


大人の恋は不安だらけだ。

時間への。

相手への。

将来への。


だから異性の友達を作る。

子供の恋をする。

その時は永遠と思っていても決して将来へつながる事のない(たまにあるが)その安心感。

そのプラトニックな関係は、私達を解き放つ。

結婚への、

時間から。

不安から。

責任から。


もう少しこのままでいいのに。

このままで、いたいのに。


真希は運ばれてきたカシスソーダをぐいっと飲んだ。


それは、決して悪い事ではないのに。


鼻の奥が、つんと痛くなる。

何故悲しくなってしまうのだろう。

両目が熱くなり、視界がぼやけた。あわててカシスソーダに手を伸ばし、残りを飲み干す。

男友達は、それには気付かず、思い出したようにつぶやいている。

「純粋だったよなあ」


いらっしゃいませー、と威勢のいい声が上がる。店内に次々と客が入り、去って行く。

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