閉店


私はこの年齢_二十七歳_になるまで結婚式、お葬式共に出た事がない。

いや、厳密に言えば、小さい頃に近所のお葬式に出た事はあるのだが、大人になってからはない。

そのせいからか、私は向こうから来る別れと言う物にすごく弱い。

今までだって別れは数多くあった。しかしそれは私が全て選び、決断した別れだった。言い換えるなら、別れは私が呼び寄せた。

友人にしても、仕事にしても、恋人に対しても。

もちろん、別れはそれなりに辛い。空しさや、自責の念が暫くつきまとう。

しかし、それは自分が選択し、決断したものであるから、同じ別れでも気持ちが違う。

一度覚悟してしまうと、それほど悲しくはない。

同じ悲しみでも、はればれとした悲しさなのだ、呼び寄せた別れは。

しかし、やって来る別れは前者とは別物だ。それは何の前触れもなしに、突然やって来る。こちらはそれに対する知識も心構えも何も持ち合わせていないから、実際は大した事ではなくても動揺したりする。


 全く、別れは言ったもの勝ちだと思う。


 なずなはベッドに腰掛けて宙を見ていた。

少し離れた所にクローゼットある。白い、ぼんやりしたクローゼット。

やめよう、と恋人に言われた時、遂に来たか、と思った。思ったけれども相手の顔を直視できなくて、のどの辺りをずっと見ていた。細すぎず、太すぎない形のいい首と、のど仏。男らしくて、格好いいと思っていたのど仏が、つばを飲む度に動いて、ごくり、と大きな音がした。

前から駄目になるだろう、という予感はしていた。お互いあまりにも傷つく事に臆病だったから。二人の人間がまるで同じ事なんてあるわけがないのに、知っていて黙っていた。二年付き合って一度も喧嘩をしなかったが、提案もしなかった。行きたい場所、見たい映画、物の考え方。

やめよう、というのはすごくぴったりな言葉だ、となずなは思った。よくドラマで「別れよう」なんて言ったりするけれど、決まりすぎてて嘘くさい。第一そんなセリフ恥ずかしくって言えない。

でも。

よ、となずなは立ち上がった。のろのろと正面のクローゼットへ近付き、扉をゆっくりと開ける。右端にかけてあるベージュのスカートを見、小さくため息をついた。

でも、別れは言った者勝ちだ。



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