同窓会 その3

一度だけ、同窓会に出席した事がある。

正輝が高校生の時に所属していた山岳部の集まりだった。高校生活は小、中学校時代よりはずっと楽しかったが、中でも部活動は格別だった。山岳部は人気がなかった為部員が少なかったのだが、その分先輩、後輩関係がなく、顧問とも皆和気藹々としていた。正輝は学年にたった一人の山岳部員だったから、先輩、後輩、顧問という〝部活の時だけの関係〟というのも良かった。皆、部活動以外の正輝の事は知らない。大好きな部活、大好きな顧問と部員達、その中にいる大好きな自分。幸せな思い出しかない。完璧な過去だった。


山岳部の同窓会は楽しかった。通過儀礼としての〝今何をしているのか〟をお互い聞き終わると、思い出話に花が咲いた。正輝の話も出てきたが、彼はいつものようには全く警戒しなかった。失敗談、苦労話、感動した話、正輝が覚えている事も既に忘れている事も、彼の想像通り全てが面白く、楽しく、幸せな過去だった。

元から完璧で、恐れる事は何もない。だからこそ自分は好きなのだ。認めるのだ、この過去は。

彼は思い出話の輪の中に喜んで入り、自ら進んで自分の思い出を語ったりもした。他ではあり得ない事だった。


「今日は楽しかったな」

満月が鈍く光っていた。同窓会が終わった後、正輝と山岳部の顧問は人気のなくなった商店街通りを、ほろ酔い気分で歩いていた。

顧問は上機嫌で「楽しかったな」を繰り返している。ふいに正輝の方を向いた。

「お前は変わってないな」

「そうですか? 」

「○○に就職したんだろう、大手じゃないか。この不景気に大したもんだよ」

「いえ・・・、ありがとうございます」

「昔からそうだったもんな、しっかり者だったからな、お前は」

「そうでしたっけ? 」

「そうだよ。面白い奴で、皆を笑わせてたけど、根は真面目だったからなあ」

覚えていて下さい、先生。

「はは、褒めてるんですか、それ」

山岳部での完璧な過去を。

そして今日の僕を。

今は、まだ順調ですから。

覚えていて下さい、先生。



正輝は電話の音で、過去から現在へと引き戻された。

武田からの電話だった。

「同窓会のはがき、届いたか? 」

「うん」

「行く? 」

「行かない」

「やっぱりそうか・・・」

「武田は? どうするんだ」

「うん・・・、どうしようかなあ。お前が行かないんだったら・・・。__一度来てみたら? 面白いよ」

「いや・・・、僕は」

「そうか」

「うん」

「でも、前から思ってたんだけど、誰でも嫌な思い出ってあるだろ? それを気にするより皆に会って笑い飛ばした方がすっきりすると思うけどな」

「そうかもしれない。でも・・・、無理なんだ」

「ずっと来ないのか」

「さあ・・・」

受話器の奥で、武田が微笑む気配がした。

「反抗期の中坊みたいだな」

「! なんだよ、それ」

「怒ったか」

「いや・・・」

じゃあまた、と電話を切った後も、耳の奥に反抗期という言葉がわんわん響いた。


反抗期。

自分が。

昔はなかったのに。

今が。


正輝は少し笑った。

心が、軽くなった気がした。

「そうか」


今さらになって。

けれど、これで。

これでやっと、大人になれる。


彼はソファから立ち上がると、サイドボードの上にあったペンを取った。


と言う訳で、ごめんな。

僕は、今が反抗期だから。

「これから大人になります」

そうして、はがきの〝欠席〟の文字を大きく丸で囲んだ。


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