第八話 三日月タタリの解釈
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僕の伯父の話をしよう。
名前は立待月日。職業は自称「現代インターネット最悪の名無し」、世間一般で言うところの無職。年齢は僕の父親よりも上。父の兄であるのだから当然ではあるが、厳密な年齢は知らなかったな、とここで思う。
人間性に多大な問題あり。人格破綻者。社会不適合者。早い話が社会のゴミ。
僕が知っているのはそこまでだった。パーソナリティを掴むのには充分ではある。ひとこと、社会のゴミで切って捨ててしまえる程度の人間でしかないのだから。
だけど、僕は伯父のことをなにも知らないというのもまた事実だった。相手にするのも忌まわしい、近寄られるだけで虫唾が走る。こうしたフィーリングだけでも、十二分に伯父のことを説明できているのは間違いない。なぜなら、伯父はそう認識されるように話して、動いて、生きているのだから。
どんな詭弁を並べても、真実を明かしても、それは揺るがない。伯父は紛れもなく社会のゴミであるし、自らそうあるべしと規定している。
話すだけ無駄であるし、語るだけ空虚に響く。そんな、無価値どころかマイナスの人間。
だから、僕の伯父の話をしよう。
「というわけで、オジサンが黒幕でした」
国家元首のごときもったいぶった拍手をして、伯父は自身を称える。
僕の家の、僕の部屋。過去に勝手に侵入して僕のBL趣味を把握された苦汁から、それから一度もこの男をここに上げたことはなかった。多分、僕が留守の時に勝手に上がり込んでいたことはあるだろうとは思う。立ち入った形跡は全く見つからなかったが、この男なら痕跡を完全に消すことなど朝飯前だろう。
今日は休日。停学が明けた僕はこの男とは違って平日には学業に勤しまねばならない。こうして二人で向かい合って話をするのに、僕のほうがスケジュールを合わす必要があった。
ただ、世間一般が休日であるので、家の中には家族がいる。他人に聞かせられるような内容ではないことはわかっていたので、僕はこの男を初めて自ら部屋に招き入れた。
伯父は勝手知ったる様子で、押し入れの中から僕が小学生の頃にお気に入りだったキャラクタークッションを出してくると、それをフローリングの床に敷いて腰かけた。僕が勉強机の椅子に座ると、背後のラックからあられを引っ張り出してばりばりと食べ始める。そんな場所に菓子を入れておいた記憶はないのだが――つまりこの男は日常的にここに上がり込んでくつろいでいるということなのか。
そして僕がそれを咎める気力すら失ったままキボウとのやり取りを話すと、この男はすんなりと自分が黒幕だと認めたのだった。
「どこから、どこまで」
僕がそう呟くと、伯父は満足げに頷く。
「いい傾向だね。『なにからなにまでオジサンの仕業なのかァー!』なんて疑ってかかってきたら、その時点で話を打ち切ってたよ。まず、この間話したことは、全て本当だ」
やはりそこから踏み込む必要がある。以前に伯父が僕を突っぱねた時に、話す機会――伯父に言わせれば権利を失っていた事柄。
「そこに初めから思惑は」
「そんなものはないっ。いいかい月夜ちゃん、オジサンが純然たる社会のゴミであるという前提は大事にしないといけない。オジサンは、単純にそうしたいからそういうことをやっているだけなんだよ。なにも生み出さず、ただ無為に人間が破滅していく流れを起こして眺めている。そこから収益を得ることを思いついたのは、その手管を持て余していたから――つまり、まず破滅の醸成という単なる趣味ありきなんだね。だから、タタリちゃんが現れた時は本当にびっくりしたよ」
タタリさんはなぜ協力者として伯父を選んだのか。無数のアカウントを使い、人間を破滅させることを趣味と宣うこの男は、その過程で解釈人を知らずに生み出し、生み出した以上の数を破滅させている。タタリさんが目をつける理由には足りるような気もするが、それ以上の意味があるのではないか――僕は自分の顔をぐっと掌で掴む。
「そんなものはないっ。タタリちゃんが月夜ちゃんのことを最初から知っていたはずはないに決まってるじゃないか。だって、タタリちゃんは月夜ちゃんに一切の介入ができないんだから」
当然のようにタタリさんの正体を把握している。となると、〈
「そんなものはないっ。〈
「タタリさんが、話した……?」
「そうだとも。オジサンは邪悪なだけで、別に頭がいいわけでもなんでも知ってるわけでもない。そのオジサンが当人しか知り得ない事情を知っているのなら、それは当人から直接聞いた以外にないじゃないか」
「脅したのか……タタリさんを……!」
「なんでそうなるの。逆だよ。オジサンは脅されたんだ。タタリちゃんに、話されることによって」
タタリさんが伯父に話したこと。解釈人という呼称をその時に知ったと伯父は言っていた。そしてその話を経て、土師市に解釈人を隔離するという案を進言した。
土師市を隔離区画にしたことで、タタリさんは自らその中に身を投じた――これはキボウが言っていたこと。
タタリさんが〈
だが、僕は猛烈なまでの解釈違いを覚えていた。
タタリさんは、そんな生易しい存在ではない。
三日月タタリが彼女の存在を使役する妖怪などとやらに、唯々諾々と従うような人格だとは、とても思えない。
「全部だ。タタリちゃんは彼女の知り得る事実の全部をオジサンに話した。ワハハハ! これでもう逃げられんですよ――と言われた時にはもう手遅れだった。オジサンはこの手練手管をタタリちゃんのために使うようにと脅されたんだ。従わなければまず家をお偉方にガサ入れさせて、オジサンのこれまでの悪行を可視化させる。次にタタリちゃんから国家機密を聞き出したことを理由に、当面身柄を拘束されるだろう、と。わかったよう、協力するよう、と頭を垂れたあとで、オジサンは一つだけ質問をした。そりゃあオジサンは現代インターネット最悪の名無しだと自負してますよ? でもだからと言って、そんな相手にタタリちゃんが接触する理由はなんなのさ? と」
けたたましくあられを噛み砕き、伯父は持参したペットボトルのお茶を煽る。
「そのあとで、土師市の地理的な利点を説明して、解釈人の封じ込めにはここがいいだろうと提案した。そのほうがオジサン自身も動きやすいから、と適当に理由をでっち上げた。本当の理由はもうわかるだろう? 土師市には、月夜ちゃんがいるからだ」
この町は、いずれタタリさんを殺すために選ばれた。この男の目的はやはり、タタリさんを殺すことだった――。
「念のため、実験は何度もした。タタリちゃんの言っていた妖怪に中途半端に取り憑かれた人間は、タタリちゃんが現れてから、何度か土師市内でも確認された。その人間と月夜ちゃんを気付かれないようにかち合わせて状態を確認した結果、オジサンの見立てはあたっていたことがわかった。月夜ちゃんの顔を見れば、〈
確かに伯父は悪質だ。だがその伯父が、タタリさんを出し抜けるはずがないというのはわかり切っている。その上で――タタリさんは伯父と繋がっていた。
「話はすぐに運んだ。月夜ちゃんに自由な時間を作るために停学になってもらい、オジサンとタタリちゃんの行きつけの店でアルバイトするように斡旋した。そして月夜ちゃんとタタリちゃんはオジサンの目論見通りに出会い、タタリちゃんはじわじわと死んでいった」
この顔に浮かんでいるのは怒りではない。単純な疑問だ。
タタリさんは伯父の持っている僕という切り札を看破していた。その話の流れで、なぜ伯父の目論見通りに事が運んだような物言いをする。
それはこの男の立てた筋書きではない。
「自殺」
僕が呆然と呟いた言葉に、伯父は肩を震わせる。
「そうだ――それ以外にありえないじゃないか。だって、僕といることで死んでいくというのなら、タタリさんは僕の顔を見た時点で、どこへなりとも消え去れば、致命傷にまではならなかったんじゃないのか? 僕と一緒にいることで、タタリさんは死に向かっていく。なら、なんで僕と一緒にいてくれた? 僕という人間に、タタリさんが自分を犠牲にしてまで付き合うだけの価値がないことくらい、僕が一番わかってる。タタリさんが僕と一緒にいたのは、単に――タタリさんが死にたかったからじゃないか」
伯父は顔を伏せたまま、身を震わせている。笑いをこらえている――そう受け取らせるためのオーバーアクション。同時に、彼の矜持から絶対に他人には見せられない生理現象を起こしながら、覆い隠すためのミスディレクション。
「当然と言えば当然か。オジサンに全部の罪過を被せてもらえたほうが楽だったんだけどなあ。まあそこに思い至らない程度の解釈しかできないなら、オジサンが解釈違いで死んでたよ」
顔を上げた伯父は、なんの変哲もない、普段通りの邪悪な表情をしていた。
「オジサンのことわざに、『自分語りは破滅の光』というものがあってね。全世界に公開されている場所で自分の本名、学校名を掲げているような若人たち。そうでなくとも特定個人として紐づけされるような場所で自分のことを話し続ける人間。そうした連中をオジサンは見つけ次第個人情報を特定して保存しておく。炎上してから特定するなんていうのは素人のやることだ。ログを消されるまでのスピード勝負は嫌いじゃないけど、そんな正義面をした私刑に加担するのは御免被る。オジサンは悪質だから、なんの大義もなくそういうことができる。個人情報をほしがる業者はいくらでもいるから、纏まったら売ってお金にもなる。つまりなにが言いたいかというと、オジサンは自分のことを話す危険性と愚かさを誰よりも理解しているということだ」
そうしたわけで、話は初めに戻る。
「恥を重々承知の上で――オジサンの話をしよう」
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