第8話 迎撃
夜中のうちにコンビニへ行き、戦闘に必要と思われるものをたくさん仕入れてきた俺は、昼間は仕掛けを作る作業に追われた。
戦闘と言っても直接戦うわけじゃない、相手はクマだ。いくら俺と同じサイズと言っても重量が違い過ぎるし、パワーも桁違いだ。あんなのとまともに戦ったら大怪我で済むかどうかわからない。
まずは木の周りを取り囲むようにして等間隔にビニール傘を突き刺す。杭の代わりだ。そしてそこに荷造り紐を渡してぐるっと木を囲う。紐には鈴をつけて、触れると音が鳴るようにしておく。クマ
聴覚の次は嗅覚だ。鼻がいいことを逆手にとって、虫よけスプレーを噴射するのも一つの手だ。虫よけスプレーは鼻と目にツンと来る匂いがある、あれをクマの鼻先にスプレーしてやるんだ。
それと、効果があるかどうかわからないがシャボン玉を持ってきた。クマは動くものに興味を示す。目が悪いからそれが何かなんて関係ないのかもしれない。
家に入られそうになったらシャボン玉で気を引けるだろうか。やってみるだけの価値はある。
これでダメなら次の手を考えなければならないが、今夜はとにかくこれで戦ってみるしかない。
俺は完璧に準備を整えて、木の上で夜を待った。
*
結論から言うと、全く役に立たなかった。いや、少しは役に立ったのかもしれない。
鈴の音にしばらく躊躇していたし、シャボン玉にもやや混乱した様子を見せていた。だがそれに害が無いとわかるとすぐに無視し始めて、家の中に入ろうとした。
俺が木の上から虫よけスプレーをかけてやったら一瞬怯んで後退って行ったが、しばらくするとまたやって来て家に入ろうとした。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、ヤツはすっかり慣れてしまって、知らん顔で家に入って行きやがった。
鈴とシャボン玉と虫よけスプレーはもうだめだ。もっと強力なヤツでないと。
俺はヤツが去ったあと、再びコンビニへ向かった。明日の晩に備えるためだ。俺の家を4回も荒らした落とし前は、きっちりつけて貰う!
*
コンビニから戻った俺は早速準備に取り掛かった。
まずは風船だ。大量の風船を片っ端から膨らませ、木の洞にどんどん詰めて行く。シャボン玉のように消えてしまうものがダメなら、すぐには消えない風船だ。しかも結構邪魔だぞ。ザマミロ。
それとクラッカーだ。勿論お菓子じゃない、パーンと凄い音のするアレだ。鈴でダメならこれでどうだ。少しは驚いてくれるかもしれない。これは木に登るときに持って行く。
あとは手鏡。枝からたくさんぶら下げてクマの目の高さになるようにしておく。いざとなったら懐中電灯を点けて、手鏡に反射させて撹乱するのだ。
とにかく風船に空気を入れるのが手こずった。俺は肺活量が大きい方ではない。特にスポーツもやってないし、3個も空気を入れればすぐに目が回る。
仕方ないのでいくつか膨らませては手鏡を下げ、またいくつか膨らませては手鏡を下げ、という感じで準備している間に、気づくと陽の傾く時間帯になっていた。
俺はクラッカーがバラバラになって落下しないように、それぞれをガムテープでベルト状につなげた。まるで機関銃の
などとバカなことを考えながら、腰に懐中電灯を差し、クラッカー弾帯を抱えて木に登ってヤツを待った。
*
数時間後、俺はコンビニにいた。二連敗した。まるでダメだ。
それなりに頑張って戦ったんだよ。でもクマ、結構アタマいい!
風船は自分に必要のないものだとわかった途端、どんどん掻き出して行くし、途中で割れたときにはさすがに驚いたようだけど、それでも害が無いことがわかるとすぐに慣れてしまって、自分で風船を割り始めてしまった。
風船の割れる音に慣れたヤツにクラッカーなんか全く役に立たなくて、寧ろ手鏡の方が役に立つかとも思ったが、まるで気にも留めずに荒らして行きやがった。
こうなったら一対一の勝負を正面から挑むか。殺るか殺られるかだ。
どうやって戦うか。
ここに在るもの。何が使えるか。鉈や鍬があるわけじゃない、スタンガンだって置いてない。
便箋、封筒、ルーズリーフ、クリアファイル、定規、分度器、ノート、シャーペン、赤鉛筆、消しゴム、カッター、付箋、シール、祝儀袋……まるで役に立ちそうにない。
ボール、縄跳び……縄跳び? 荷造り紐よりは丈夫そうな気がする。何に使うかわからんけど。
こっちは衛生用品か。ウェットティッシュ、髭剃り、石鹸、ハンドソープ、タオル、虫よけスプレー。
虫よけスプレーだと? 俺はなんでこれをそのまま使ったんだろう。別の使い方があるじゃないか。殺虫剤も使える。
他には? レジャーシート、レインコート、傘……傘で殴ってもたかが知れてる。殴らずに突いたらどうだ? 顔なんか突いたら痛いだろう。これも一応持って行くか。
他には?
ああ、俺は焦りすぎている。少し落ち着こう。これが落ち着いていられるか、という感じだが、こういう時ほど落ち着かないと良い案は浮かばない。
俺は缶コーヒーのプルタブを起こした。
……缶コーヒー? 缶コーヒーか! その手があったか。
俺はコンビニ袋を二重に重ねると、その中に缶コーヒーをありったけ詰めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます