第8話 迎撃

夜中のうちにコンビニへ行き、戦闘に必要と思われるものをたくさん仕入れてきた俺は、昼間は仕掛けを作る作業に追われた。

 戦闘と言っても直接戦うわけじゃない、相手はクマだ。いくら俺と同じサイズと言っても重量が違い過ぎるし、パワーも桁違いだ。あんなのとまともに戦ったら大怪我で済むかどうかわからない。


 まずは木の周りを取り囲むようにして等間隔にビニール傘を突き刺す。杭の代わりだ。そしてそこに荷造り紐を渡してぐるっと木を囲う。紐には鈴をつけて、触れると音が鳴るようにしておく。クマけの鈴があるくらいだ、クマは音に敏感な筈だ。そう言えばクマは耳と鼻は良いと聞いたことがある。そのかわり目が悪いらしい。


 聴覚の次は嗅覚だ。鼻がいいことを逆手にとって、虫よけスプレーを噴射するのも一つの手だ。虫よけスプレーは鼻と目にツンと来る匂いがある、あれをクマの鼻先にスプレーしてやるんだ。


 それと、効果があるかどうかわからないがシャボン玉を持ってきた。クマは動くものに興味を示す。目が悪いからそれが何かなんて関係ないのかもしれない。

 家に入られそうになったらシャボン玉で気を引けるだろうか。やってみるだけの価値はある。


 これでダメなら次の手を考えなければならないが、今夜はとにかくこれで戦ってみるしかない。


 俺は完璧に準備を整えて、木の上で夜を待った。



 結論から言うと、全く役に立たなかった。いや、少しは役に立ったのかもしれない。

 鈴の音にしばらく躊躇していたし、シャボン玉にもやや混乱した様子を見せていた。だがそれに害が無いとわかるとすぐに無視し始めて、家の中に入ろうとした。

 俺が木の上から虫よけスプレーをかけてやったら一瞬怯んで後退って行ったが、しばらくするとまたやって来て家に入ろうとした。

 そんなことを何度か繰り返しているうちに、ヤツはすっかり慣れてしまって、知らん顔で家に入って行きやがった。


 鈴とシャボン玉と虫よけスプレーはもうだめだ。もっと強力なヤツでないと。

 俺はヤツが去ったあと、再びコンビニへ向かった。明日の晩に備えるためだ。俺の家を4回も荒らした落とし前は、きっちりつけて貰う!



 コンビニから戻った俺は早速準備に取り掛かった。


 まずは風船だ。大量の風船を片っ端から膨らませ、木の洞にどんどん詰めて行く。シャボン玉のように消えてしまうものがダメなら、すぐには消えない風船だ。しかも結構邪魔だぞ。ザマミロ。


 それとクラッカーだ。勿論お菓子じゃない、パーンと凄い音のするアレだ。鈴でダメならこれでどうだ。少しは驚いてくれるかもしれない。これは木に登るときに持って行く。


 あとは手鏡。枝からたくさんぶら下げてクマの目の高さになるようにしておく。いざとなったら懐中電灯を点けて、手鏡に反射させて撹乱するのだ。


 とにかく風船に空気を入れるのが手こずった。俺は肺活量が大きい方ではない。特にスポーツもやってないし、3個も空気を入れればすぐに目が回る。

 仕方ないのでいくつか膨らませては手鏡を下げ、またいくつか膨らませては手鏡を下げ、という感じで準備している間に、気づくと陽の傾く時間帯になっていた。


 俺はクラッカーがバラバラになって落下しないように、それぞれをガムテープでベルト状につなげた。まるで機関銃の弾帯リンクのようだ、中身はクラッカーだけど。こんなのを体に巻き付けたらスタローンの気分になれる……わけないな。


 などとバカなことを考えながら、腰に懐中電灯を差し、クラッカー弾帯を抱えて木に登ってヤツを待った。



 数時間後、俺はコンビニにいた。二連敗した。まるでダメだ。

 それなりに頑張って戦ったんだよ。でもクマ、結構アタマいい!

 風船は自分に必要のないものだとわかった途端、どんどん掻き出して行くし、途中で割れたときにはさすがに驚いたようだけど、それでも害が無いことがわかるとすぐに慣れてしまって、自分で風船を割り始めてしまった。

 風船の割れる音に慣れたヤツにクラッカーなんか全く役に立たなくて、寧ろ手鏡の方が役に立つかとも思ったが、まるで気にも留めずに荒らして行きやがった。


 こうなったら一対一の勝負を正面から挑むか。殺るか殺られるかだ。

 どうやって戦うか。

 ここに在るもの。何が使えるか。鉈や鍬があるわけじゃない、スタンガンだって置いてない。


 便箋、封筒、ルーズリーフ、クリアファイル、定規、分度器、ノート、シャーペン、赤鉛筆、消しゴム、カッター、付箋、シール、祝儀袋……まるで役に立ちそうにない。

 ボール、縄跳び……縄跳び? 荷造り紐よりは丈夫そうな気がする。何に使うかわからんけど。

 こっちは衛生用品か。ウェットティッシュ、髭剃り、石鹸、ハンドソープ、タオル、虫よけスプレー。

 虫よけスプレーだと? 俺はなんでこれをそのまま使ったんだろう。別の使い方があるじゃないか。殺虫剤も使える。

 他には? レジャーシート、レインコート、傘……傘で殴ってもたかが知れてる。殴らずに突いたらどうだ? 顔なんか突いたら痛いだろう。これも一応持って行くか。


 他には?

 ああ、俺は焦りすぎている。少し落ち着こう。これが落ち着いていられるか、という感じだが、こういう時ほど落ち着かないと良い案は浮かばない。


 俺は缶コーヒーのプルタブを起こした。


 ……缶コーヒー? 缶コーヒーか! その手があったか。

 俺はコンビニ袋を二重に重ねると、その中に缶コーヒーをありったけ詰めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る