第6話 俺の居場所

 その日の晩から一週間ほどは『我が家』を充実させるための生活設計を練り、必要なものをコンビニから持ってきた。


 『我が家』の周りの草はキッチンはさみでどんどん刈り取り、広い空間を作った。少々庭っぽい雰囲気だ。


 洞の中は見た目より広いのでそれなりに入る。レジ籠に日持ちする食料品を入れ、直角に交差させて積み上げれば、レジ籠タワーが4段くらいは平気で積める。コンビニが比較的近くに出現した日に何度か往復して、お茶やコーヒー、酒なんかも持ち込んだ。これだけあればほぼ一週間分の食料は確保できている。


 ティッシュにゴミ箱、タオル、ビニール傘、ウェットティッシュ、帽子、軍手、ガムテープ、カッター、乾電池、漫画に雑誌、いろいろ揃って、それなりに生活に困らない感じになってきた。


 陳列棚ごと持って来ようかとも思ったが、何しろジャングルは自分が歩くだけでも精一杯、ちょっとの荷物でもかなり進むのが大変なのでその辺りは諦めた。もともとがモノの少ない家で暮らしていたし、ゴチャゴチャあっても逆に邪魔になる。必要なものだけに囲まれているのも悪くない。


 それに。


 やっぱり今の俺にはコンビニの方が『我が家』に思えるのだ。我がコンビニが消えている昼間の間だけ、木の洞という『別荘』に移動しているだけといった感じで、生活基盤はやっぱりコンビニに存在するわけだ。


 こうしてしばらく暮らしてみると、案外ここの生活も悪くないと思える。

 考えても見ろ、リアルな俺に戻ったら夕方に起きてコンビニでおにぎりとお茶を買って工場へ行き、夜の間ずっとコンビニへ出荷するお弁当を詰めるんだ。サンドウィッチだって作る。

 21時から朝の6時まで、途中に休憩を1時間入れてみっちり8時間労働。それが終わると帰りにコンビニでおにぎりをとお茶を買って帰る。


 工場の仲間はみんな優しい。

 チーフの野庭のばさんは50代のおばさんで、大学を卒業したばかりの息子を俺に重ねるのか、我が子のように可愛がってくれる。商品にできないようなものが出ると「持って帰りな」と言ってコッソリ持たせてくれることもある。

 30代の西にしさんはシングルマザー、子供のために必死で働いてる。俺より1ヵ月先輩で、「私も新人だから仲良くしてね」と言ってはいろいろ面倒を見てくれる。いい先輩たちに恵まれて、仕事も嫌いじゃない。


 だけど、昼の明るい時間帯に眠って夜中に働くという意味では、ここと同じだ。しかも俺は工場ではロボットと同じ扱い。一定時間内に決められた数の弁当を作らなければならない。

 昼夜逆転の生活で出会いも無い。このまま夜中に活動する生活を続けて20代を終えるのか。


 俺はどこで間違ったんだ?

 大学でバイトに明け暮れて、単位を落として留年したからか? それで中退して、まともな職に就けなかったからか? そんな俺に愛想を尽かした芳美よしみに捨てられたからか?


 あの世界に戻っても、工場で働いて無駄に歳を取り、独り者のまま下流階級で老人になって野垂れ死にする未来しか俺には見えてない。それならいっそずっとここで暮らした方が俺にとって幸せなんじゃないのか?

 誰にも邪魔されず、誰にも管理されず、完全に自由。その代わり全部自分でやらなきゃならない。だけど食べるものは確実に保証されてるし、自分の為だけに働けばいい。

 気温も暑くもなく寒くもなく快適だ。ここに来てから10日ほど経つが、一度も雨が降ってない。当然、雷も鳴らなきゃ嵐も来ない。

 危険な生き物もいないし、不快害虫もいない。安全も確保されている。


 何一つ問題がない。


 いやいやいや、安易に逃げようとするな。野庭さんや西さんが俺を待ってるかもしれない。芳美は絶対に待ってないけどな。

 とにかく、ここは現実世界に戻るまでの仮の家だ。望みは捨てちゃダメだ。


 だけど……。

 だけど……。

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