第5話 マイホーム
眩しい光に目が覚めた。昨夜はカーテンを閉め忘れたっけか。
スマホに手を伸ばしてはたと気づく、ここは家じゃない。
コンビニは消失していた。胸元にしっかりと抱いていたお茶のペットボトルと、片手に握りしめたままのショッピングバッグはちゃんと残っていたが、それ以外は跡形もなく消えていた。
つまり、コンビニが消失するタイミングで、俺が身につけていたものと俺が持っていたものは、同時に消失することを免れるというわけか。
システムがだんだんわかってきた。これさえ明確になれば無闇矢鱈と恐れることも無い。
ん? 何かの音が聞こえる。波の音か?
音のする方に少し歩いてみると、なんと砂浜があるじゃないか。
昨日移動する前も砂浜の近くだった。そこから推定四時間かけてここまで山を越えて歩いて来てまた砂浜があるということは、俺は半島を横断したか、直径四時間分の島を横断したことになる。
つまり、この島(または半島)の真ん中はあの山だ。そしてあの山の天辺にあったあの巨木、俺がこの世界に来た最初の場所、あそこがここの中心だ。
横断で四時間ということは中心までは約二時間、昼間なら足元もよく見えるからそんなにかからないだろう。まずはあの巨木を目指そう。そして、あそこを俺の家にするんだ。
*
昼間は笑いが出るほど歩きやすかった。とは言っても勿論ジャングルなんかで生活したことは無いし、今まで生きてきてこんなところ歩いたことさえなかった。
だが二連チャンの『深夜のジャングル行軍』を決行させられた俺としては、明るい時間帯に歩くことがこんなにも楽なことなのかと、改めて太陽の恵みに感謝するわけだ。
落ち着いて歩いてみると、いろいろなことに気づかされる。
まずここの植物だ。見たことのある木が一本もない。全部知らない。
いや、確かにね、俺はもともとあんまりモノ知らねえよ。でもそれにしたって一つも知らねえってことは無いだろう。つまり日本じゃないってことだな。うん、流石ジャングル、日本とは気候が違うんだ。
あれ? そう言えばそんなに暑くないぞ? それにまだ一度も雨が降っていない。ジャングルというのは熱帯雨林のことだ、もっと暑くてもっとスコールとかガンガン降るもんじゃないのか?
それに、キノコを見かけない。こういうところって、シダとかキノコみたいな、こう、胞子撒き散らすようなもんがいっぱい生えてるイメージじゃないか? シダも無いぞ。
待て待て待て、そんなのまだ可愛い、動物に一度も遭遇してない。普通いるだろ、ヘビとか。ヘビどころか、クモやトカゲやムカデのようななんかこう、脚がいっぱい生えてそうなヤツとか、そういうのさえ一度もお目にかかってない。
鳥もだ。鳴き声さえも聞いてないぞ。普通何かしらいるもんじゃないのか、ジャングルって。
バサバサッとか、ガサガサガサとか、そういういろんな生き物の生活音みたいな音が、普通は聞こえてくるもんじゃないのか?
もしかしてさ、ここって独特の進化を遂げた無人島なんじゃないのか? ガラパゴスみたいな。まだ地図にも載っていないような小さな島があるんじゃないのか?
GPSも反応しないようなところで、誰にも見つかってさえいない島。
いやいやいや、だとしたらあのコンビニはどう説明する? 俺には説明のつかないことばっかりなんだが。
まあいい、それを考えだしたらきりがない。とにかくはっきりしていることは、見たことも無い植物がガンガン生えていること、生き物の姿が全く見当たらないこと、毎晩日の入りとともにコンビニが現れ、日の出とともにコンビニが消えることだ。
つーか。俺以外の生き物がいないんなら、かなり安全じゃないか? 山の上にいれば大雨が降っても大丈夫だし、他に外敵になるようなものもいない。仕事もしなくていいし、案外悪くないかもしれない。まあ、俺がここに慣れられればの話だけどな。
そんなことを考えながらひたすら坂を上ること約一時間半、ようやく俺は目的地である山の天辺の大きな木の前に到着した。うん、確かにこの木だ、この木の上に俺は寝ていたんだ。
まずは木を確認する。木自体はかなり太くて直径3メートルくらいはありそうだ。洞もかなり大きく、俺の記憶通り、人が3~4人入ってもまだ余裕がある。とりあえず一人で住めば、洞の中のものは全て座ったまま手が届くと言ったところか。冬場になると、こたつに入ったまま何でも手の届くところに置いていた俺には、ぴったりな環境ではないか。
俺は早速レジャーシートを中に敷き、エア枕に空気を入れた。なかなかに快適だ。生き物がいないので、クモの巣などに悩まされることも無い。
このままここに寝ても、眠っている間に顔の上をムカデが歩く心配もなさそうだ。エマージェンシーブランケットを広げたら、もういつでも眠れる感じだ。
何となく自分の家ができたので、ちょっと寛いでみる。缶コーヒーを取りだし、サンドイッチを頬張ると、これはこれでいいななどと思えてくるから不思議だ。
いちいち袋から出すのもアレだな。なにかこう、収納庫が欲しい。そうだ、今晩はレジ籠を持って来よう。あの中に食料品を貯め込んだらいいや。そうすれば雨の日は出かけなくても済む。晴れた日の晩に、せっせと荷物を運べばいいんだ。
その日、俺は昼寝をして夜の仕事に備えつつ、今後のここでの生活設計について本気で考えた。
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