第4話 魔境のコンビニ

 夜が来るのをこんなに待ち望んだ日があっただろうか。

 昨夜おにぎりを食べてから、朝も昼も夜も何も食べずにお茶だけ飲んでいた俺は、喉から手が出るほどにコンビニの出現を今か今かと待っていた。


 だが。待てど暮らせどいつまで経ってもコンビニは出現しない。

 嘘だろ、勘弁してくれ。こんなことなら、少しでも歩き回って帰れそうな場所を探すべきだった。


 昨日の今頃はもうとっくにコンビニは出現していた筈だ、日によって気まぐれに出現したりしなかったりするコンビニなのか。それとも昨夜だけが運が良かったのか。いずれにしろ、ここに再び現れる気は無さそうだ。


 え? ここに?


 

 俺は思わず後ろを振り返った。


 光の柱が立っている!

 あれは紛れもない、コンビニの光だ。神様は俺を見捨てなかった!


 昨夜より距離がありそうだ。だが、今日は装備が昨日と違う。裸足にスウェット巻き付けただけなんかよりサンダルの方がずっと歩きやすいし、半袖Tシャツにスウェットパンツなんて恰好よりはコンビニの制服の方が機能的で丈夫だ。


 とにかく迷っている暇ない。俺は光の柱に向けてジャングルの行軍を開始した。



 多分、四時間近く歩いたと思う。自分の感覚でしかないから、もっと短いのかもしれない、何しろ時計が無いんだ、わかるわけがない。

 とにかく明確なことは『俺が死ぬほど疲れたこと』と『目の前にコンビニがあること』だ。

 いいんだよ、この際些細なことなんかどうだって。コンビニがそこにあることが今の俺には最重要事項なんだ。


 昨日のように慎重に店内に足を踏み入れる。

 ピロローン。ピロローン。

またしても俺を楽園に誘う天使の音色。ここまで死に物狂いで歩いて来た甲斐があったというものだ。


「すいませーん。誰もいないのはわかってるんですけど、誰かいませんかー?」


 出てくるわけがない。

 俺は昨日と同じようにバックヤードに入ってみる。やはり誰もいない。店内を見ても、俺が昨日使った分はきちんと補充されている。完璧だ。

 とにかく腹が減っていた俺は、空腹を満たすことにした。


 今日はバックヤードから椅子を持って来て、レジカウンタで食べている。ここならおでんも食べ放題、夢にまで見た唐揚げだって好きなだけ食べられる。今日はビールも飲んじゃうぞ。

「温めますか」

「はい、お願いします」

 自分で二役やりながら、お弁当を温める。そう言えば自分の声すらも聞くのは一日ぶりだ。話し相手がいないと、人間という生き物は声すらも発しないらしい。


 デザートにアイスまで食べて腹いっぱいになったところで、眠気が襲ってくる。ダメだダメだ、今眠ったら昼間大変なことになるぞ。今は生活必需品を物色することが先決だ。

 眠気覚ましに顔を洗い、髭を剃る。ちゃんと電池式のシェーバーまで売ってるんだな。パンツとTシャツ、靴下といっそ制服も着替えよう。


 スッキリしたところで、店内の日用品を物色する。

 懐中電灯は絶対に必要だ。それとウェットティッシュ。消毒薬と絆創膏も欲しいな。ビニール紐とはさみもあった方がいいだろう、何に使うかわからないけど。ライターも持っておくか。

 あ、そうそう、靴下の替えも欲しい。サンダルじゃない普通の靴は無いもんだろうか。まあ、どうしても歩きにくかったら紐で括りつければいいか。

 後は、軍手と……おっ、これはマイバッグというやつか。これにみんな入れれば持ち歩きやすそうだ。


 それと食い物は絶対に忘れちゃならんな。お茶は2リットルでなんとか足りたが、メシはそういうわけにいかない。冷めても美味しいものがいいから、お弁当じゃない方がいいか。ああ、カップ麺が食いてえな。朝までにもう一度食うことにして、まずはおにぎりだろうな。


 俺はレジ袋に缶コーヒーとおにぎりをたくさん入れ、チョコレートなんかのおやつも少し入れてみた。総菜パンも食べたいな。何だよ、いつもの生活より潤ってんじゃん。こういう生活も悪くないか。


 待てよ。このコンビニが毎日どこに出現するかわからないということは、出現範囲の真ん中を拠点にすれば移動が楽ということにならないか?

 昨日の出現場所は海岸の近くだった。そこからここまで歩いてくるのに、小高い丘というか山というか、緩やかな坂道だったが、それを一つ越えてきたことを考えると、その山の天辺が真ん中とも考えられるな。

 それにあの天辺は、俺が最初にここに出現した場所でもある。あそこは何かパワースポットなのかもしれない。


 確かあの木は根元の方が大きく広がっていて、人が普通に三人くらい入れそうなうろがあったはずだ。そこに住み着いて、夜だけコンビニに出かけるというのはどうだろう? 我ながら悪くない発想だ。


 そうと決まればレジャーシートやエア枕もあった方がいい。このエマージェンシーブランケットってヤツも持って行こう。とりあえずこんなでいいか。

 さて、夜明けまで少し時間がある。疲れたし、ここなら安全そうだ、少し仮眠をとるか。


 安心した俺は、一気に押し寄せてきた前日からの疲れに流されるように、眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る