第2話 ジャングルを進め

 ジャングルについての知識が欠如した人間がジャングルを歩くとこうなる、という見本のようなヤツがこの俺だ。あれから恐らく二時間ほど歩いていると思うんだが、もうスウェットはドロドロのグチャグチャだ。なんで俺はこんな目に遭ってるんだ、くそっ!


 足元は酷いもんだ。何かの根っこがはみ出たり、枯れ草や枯葉の間から木の若い芽が顔を出したりしている。それをさらに覆いつくすように下草がわさわさと生えていて、足元なんか見えたもんじゃない。

 さっきの木は比較的標高の高いところにあったらしく、全体が微妙に坂になっているものだから、ついうっかり枯葉に乗ると足を滑らせてそこら辺を派手に打ち付けることになるのだ。

 かといって足元ばかりを見ていると、上からぶらさがった蔦の蔓や大きなソテツのような葉っぱやなんかが、容赦なく顔に絡みついてきて酷い目に遭う。

 当然左右からも何かの枝が張り出し、俺の行く手をいちいち遮ってくれる。全く腹の立つことこの上ない。

 さっきなんぞは、顔の前の蔦を払って、左右の枝をどかしたところで木の根っこに足を取られて転んだところがたまたま泥濘ぬかるんでいて、もう、服がグチョグチョになっちまった。きっと俺の顔もスウェット並みに汚いんだろう。


 死に物狂いで歩きに歩いて、ついに海岸まで辿り着いた。とにかく一休みだ。


 俺は砂浜にひっくり返り、空を眺めた。雲一つない青空だ。ここは一体どこなんだ?

 冷静に考えて、ここは日本じゃない。いや、日本かもしれないけど、どこかの島だろう。人が住んでいるところの反対側なのかもしれない。海岸に沿って歩けば誰かに会えるかもしれないな。

 しかしなぜこんなところに来ちまったんだろう? これ、夢なんじゃないのか? 俺、実は寝てんじゃないのか? ああ、夢ならとっとと覚めてくれ。


 さあ、こうしていても仕方ない、まずは海岸沿いを歩こう。砂浜なら裸足でも十分だ、その方がむしろ歩きやすい。

 俺は足に巻いたスウェットを外すと、裸足で歩き始めた。



 だいぶ歩いたぞ。かなり歩いたぞ。昼飯も食わずに日が傾いてきたぞ。


 


 おいおいおい、ここは一体どこなんだよ? まさか無人島とか言わねえよな? 俺、そういうシチュエーション嫌だよ? 確かに現実の世界も大して面白くないよ、だけどさ、これはちょっと無茶苦茶だよ、現代社会に生きるこの俺がコンビニも無いようなところでどうやって生活すんのよ?


 腹が減って、脚も棒になった俺は、全てが全て悲観的になってきた。辺りもだんだん薄暗くなってきた。こんなところで夜を過ごすのか?

 俺、このまま死ぬんじゃないの? てか多分このまま死ぬ。ここで死ぬ。もーやだ、ありえねえ。


 ここで童話だったら神さまが出てきて「あなたの欲しいものは何ですか」なんてきっと聞いてくれるんだ。それで俺は「コンビニ」って答える。

 そうだよ、俺は仕事場と家を往復するだけの生活だったさ。だけどさ、その通勤途中のコンビニに癒されてたんだよ。おにぎりとお茶を買うだけだよ、毎日同じ、おにぎりとお茶。行きも帰りもさ。それがどんなに俺の心の支えになってたと思ってんだよ。

 冬の寒い日はレジ横のおでんを見ながら、おかかのおにぎりとほうじ茶。夏の暑い日には冷凍庫のアイスクリームを眺めつつ、梅干しのおにぎりと緑茶。俺のささやかな楽しみだったんだよ。


 大学中退してさ、なかなかまともな職業につけなくて、やっと見つけた工場での仕事、いつまでも慣れられなくて、毎日家に帰ってから悔しくて泣いたさ。

 周りはおばちゃんばっかりでさ、優しかったけど、だからこそ俺の失敗がおばちゃんたちに迷惑かけることになるから、早く一人前になりたかったんだよ。

 それだってコンビニに出荷するお弁当を詰める仕事だ、俺はコンビニとは切っても切れない縁なんだ。

 くっそ、この世に神様がいるなら、この俺にコンビニを返してくれ!


 その時。ジャングルの中の方で何かが光った。一筋の光が空に向けてまっすぐ伸びている。

 パチンコ屋? そんなわけはないが、それに近い光り方だ。どう考えても自然光ではない、人工的な照明だ。なんだかわからないが、心底ホッとする灯りだ。


 俺は誘蛾灯に惹かれてゆらゆらと吸い寄せられる鱗翅目りんしもくの如く、無意識のうちにその光に吸い寄せられるように向かって行った。

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