真章 第三層
逃れたものたち
都市ナンバー16.AA
ダブルAと呼ばれるこの都市の上空に、鋭い光が飛び交った。
ショックガンの電流が暗闇を走る。
後方から追いすがる無数のそれを避けながら、ジェダリアはボードを踏み込んだ。
加速。回転と共に建物群へと入り込む。
ネオンで染まったビルのガラスには、疾走する己と、それを追う警備ドローンの群れが歪むように映った。靡く髪を鬱陶しげに払い、逃げ道を探すようにして下に目を向ける。
高度は六百メートルほど。眼下には無数のエアカーや輸送船が飛び、隙間から見える地上では、列をなしたオートウォークの上を行き交う人々が見える。
「やべっ、間違えた…!」
気流変動用の円状巨大ダクトがこのビル群にあるものだと認識していたが、思い返せばそれは別の似たような都市だった。それを介して脱出路を辿ろうと考えていたので、焦りで判断を誤ったことを悔やむ。
徐々に高度を下げながら、装着しているゴーグルの照度を調整し、やむなしと足にくくり付けていたレーザーガンを外す。
都市での攻撃行為は警備アンドロイドの増援を呼び寄せる行為になるため、できれば脱出直前まで控えたかった。しかし、あの数を連れて人混みに突っ込む訳ににもいかず、頭の悪い小型ドローンの前衛はここで消しておくべきだと考える。
射線を拡散に切り替え、ボードの動力を切る。
そのまま重力に沿って落ちゆく身体を上空に向けた。
鴨のように列をなして続くドローンに向け、銃を持った腕をあげる。
銃口から瞬時に破裂音が響いた。
それと同時に、広がるようにして散ったドローンに、照準を向ける。
「ほらみろ、バカだ」
硬い引き金を押し込むと同時に、細い無数の閃光が放射状に吹き出した。
射線上にいたドローンの破裂、その部品を躱すようにして身をよじると、寸での所で横断するエアカーとすれ違い、地上へと落下していく。
間近に迫った人混みを見て冷や汗が吹き出す。
咄嗟に腰の磁力装置に手を伸ばすが、すぐに上からボードが追いつく。そのまま、強い力で足に自動固定された。
身体を捻って何とか安定させ、地への衝突は防ぐ。
「ふぅ…」
それに安堵をしたのももつかの間、下にいた都市民の何人かは爆発音や破片に気がついたようで、こちらを見上げて騒ぎ出した。
不味いと思った矢先、警告ブザーが辺りに鳴り響き、オートウォークが停止する。上空の一部には、警戒規定により市民へ向けた避難勧告の赤い文字が表示された。それを視認した途端、悲鳴とともにパニック状態で逃げ惑い出した都市民を見て、ジェダリアは頭を掻きむしった。
「あぁくそ、本末転倒だ。毎度毎度、大袈裟すぎるだろ」
この調子ではすぐに、通報に応じてアンドロイドが向かってくるだろう。何よりも脱出が最優先となり、苦い思いでボードを抜け穴へと向かわせた。
低飛行を続け、蜂の巣のような巨大ブロックに侵入する。驚く人々の間を潜りながら内部に連なる商店街を抜け、都市の端にあるの寂れた建物群へと入り込んだ。
寂れた、といっても彼女にとっては十二分に贅沢な者たちが暮らしているのだと理解している。
何よりこの都市自体が、幸福のみを求められた、完全なものに作られているからだ。
常時飛び交うドローン、警備、統治のための機械生命達、それらに絶対の信を置き、支配層からの法令、制定された規定に何も考えずに従うのみの人民達。
「…気持ちわり」
実に気味が悪い。拘束された、電脳都市。
好きでこんな場所に来ているのではない。そう悪態をつき、彼女は己の居場所へと向かう。
彼女曰く、ここよりは随分とマシな、『まだ人の住む世界』に。
********
社会階級の上位層により造られた閉鎖都市には『穴』がある。
一つの災厄で全てが潰されることを防ぐため、多くの地下都市は一定の区間を開け、各所へと造り出された。
その各空間に置かれた『ゲート』は、通した物を粒子レベルまで分解し、運ぶことが可能である。それがワープ機能なのだと言っても過言ではないのだが、それでも通り道は必須となるもので、都市間を繋ぐ管というものは必ず存在してしまう。
こればかりは仕方がないという妥協と共に、念を入れたはずの都市の隔絶計画はそれから崩れるように中途半端なものとなってしまった。
管の建設に伴う、機械の作業用『通路』。
粒子の管と平行するように造られたそれは、建設以降の使用を禁じされ、両端の口を厳重に塞がれた。
そうして支配者階級は、自身の都市の完璧な隔離が完了したのだと安堵したのだ。
その『通路』は数百年を経て、忘れ去られる。
ただ、ごく一部の者たちは理解していた。
それが『穴』なのだと。
機械生命の独断。まだ造り出されて間もない彼らには当然、欠陥と、付けるべきでない機能が付与されていた。
今からいえば未完成の欠落品であるその物たちは、その拙い思考の回路に叩き込まれた『人類の安全の保証』という目的に引きずられ、疑心暗鬼に囚われた。
己の目的はこの粒子の管、しかしそれのみで良いのだろうか。
それが潰れれば。人はどこへ逃げればよい。
逃げ道が必要だと、独断した。
本来それぞれの都市間を繋ぐ一本の線であるはずの建設用の『通路』は、機械生命による密行により、蜘蛛の巣のように複雑な路へと変貌した。
その新たな細い管は、地下全体に広がった『全ての都市』を繋ぐだけでは止まらず、さらに下の、貧民街にまで回る。
開けた空間は全て、その『網』がかかるものとなった。
それで満足したのであろう、かの機械生命らは本来の作業をも完璧に終えると、任務の遂行を告げ、そして廃棄、解体された。
人のためにと造り出したその『網』を、人に知られぬままに。
それを認識するものは少ない。それでも彼らは間違いなく、利用することに価値を見出していた。
それを『穴』として、隔絶されたはずの空間を、支配者に認知されることなく行き来するのだ。
しかし、そうして隠れて行動を起こさなければいけないような者など限られている。
それは落とされた者たちである、貧民街の者が殆どだった。
行動が制限され囚われたはずの彼らは、『網』を通して全てを見て回る。
そして幸福のための知識だけを植え付けられ囲われた都市の人間たちよりも、富裕層よりも支配層よりも、冷静に、完全に地下世界を知る民となった。
通称『第三層』。
何によって誰によって、造り出された『人の世界』なのか。それを知るのは皮肉にも、人として廃棄された者たちだったのだ。
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