探索者より、世界へ
目を覚ます。
二人は投げだされた身体を大地に伸ばして、空を見上げていた。
「…パキカ?」
呼ぶと、彼女は答えた。
自分たちは死んだのだろうか。
それすらわからない。
苦しさは感じなかった。ただ、身体に痛みを感じる。
暫く二人は動かなかった。
低い地響きが、頭に響く。空にムカデのような蟲を見かけ、無意識に目で追った。
ふいに、思い出したように乾いた喉を鳴らす。水分を感じない。本当に、長い間この場にいたようだった。
「パキカ、起きれる?」
「うん」
痛む身体に顔を歪めながら、二人は立ち上がった。そうして、辺りを見渡す。
「ここは」
何のことはない、見慣れた風景。
流動する虹の土地。蠢く山々に、遠方で飛び交う様々な蟲。
自分たちが向き合っていた建物や、黒い土などどこにも見当たらない。
「何処だろう」
「わからない。…あ」
パキカが声を上げ、指をさした。その先を見ると、鉄が積まれた二台の荷車が見えた。
「あれって、俺たちが持ってきたやつ」
今朝運んできたものだ。建物に入る前に、外に置いておいたはず。
「じゃあ、ここって」
建物があった場所なのだろう。あれは恐らく、土に飲まれてしまった。それなら自分たちは、なぜ。
「死んでないよな」
「うん」
「どうして。俺たち、俺たちあの黒い土に」
「落ちてない」
驚いてパキカを見つめた。彼女の視線は、遥か彼方に向いている。
「直前に、弾き飛ばされた」
「何に?」
「これ」
そう言って彼女がしゃがみ、握り上げたものは、見慣れた眩しい土だった。
信じられない思いでそれを凝視する。
「どうして?俺たち助けられたのか」
パキカは静かな瞳をハルに向けた。暫く無言で見つめ合い、互いに数度瞬きをした。
「わからない」
そうしてパキカは、土をこぼした。
一度空を見上げ、周囲を見渡すと、黙って歩み出す。
ハルもすぐに駆け寄った。そのまま無言でそれぞれの荷車まで行くと、重たいそれを持ち上げる。
「…帰るか」
パキカは頷いた。
ふと時計を見ると、もうすぐ日が落ちるような時間だった。これでは、確実にハナタに叱られるだろう。
今日のことはどう説明すればよいのかが分からない。自分の中でも、整理できていない。
「何だったんだろう」
黒い土、救われた命。
「わからない」
パキカの答えは同じだった。それはそうだと、ため息を吐いて荷車を進めようとする。
「でも」
少女の声に、ハルは振り返る。彼女は見たこともないような、不思議な表情を浮かべていた。
「でも?」
「知りたい」
そうして向けられた瞳の強さに、息を飲んだ。
「わからないで、済ませたくないから」
彼女は荷車を下ろし、ハルに駆け寄る。
そして少年に、手を伸ばした。
「手伝って」
「…何を」
「世界を知りたい。ハナタみたいに、過去の記録を知るだけじゃだめ。今を、知りたい」
ハルは一瞬目を見開くが、すぐに納得する。
いや、彼女の願いは分かっていたのだ。そしてその願いが、自分に重なったことも。
「…でも、怖いなら、無理にとは言わない」
下ろしかけた彼女の手を咄嗟に掴む。荷車が音を立て落ちた。
「手伝う」
「…下に降りたくないの?」
「まさか。過去が逃げた場所なんて興味ない」
「本当に?」
「怖いけど、それよりもお前と観て回りたいから」
手を握り、ハルは笑った。
今度はパキカが目を見開く番だった。
断られるものだと、思っていたのだろう。しかし、すぐに彼女も目を和らげる。
まるで微笑んだかようにも見えたが、実際はわからない。
ふいに気恥ずかしくなって、ハルは手を離した。
「…ハナタが待ってるし今日は、帰ろう」
先ほど乱暴に降ろした荷車をもう一度持ち上げると、パキカにも促す。そして、ふと気がついた。
「パキカ、ゴーグルは」
「…え?」
手を頭に当てパキカはあ、と声を漏らす。
「落としちゃった」
「探すか?」
「…ううん、多分ない」
飲まれてしまったのだろう。
おそらく土の中か、もしかすると別の場所にあるのかもしれない。
「でも、ずっと使ってただろ、あれ」
別に大丈夫、と言ってパキカは荷車を押す。
そうは言っても、心なしか気落ちしたような様子に、ハルは驚いた。そうして歩いていくパキカに付いて、自分も重い荷車を押す。
二人は帰路を辿る。転機であろう、今日の出来事を背負って。
「…いつか見つかるといいな」
いや、きっと見つかるだろう。
全てが明かされた暁には。
二人の幼い探索者を囲う世界は、まだ何も変わらない。
山々は鳴り、崩れ、沈む。
生き物の形を成した土は陽炎のように徘徊し、蟲は各々の本能のままに生きる。
いつかそれが終わる日が来るのだろう。
その刻まで。
虹の土は、流動する。
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