遊び
虹の大地を二人は歩む。
安定のない土を踏みしめ、ゆらゆらと揺らされながらも進むパキカとハルは、ついでにと持たされた小さい荷車を引きながら、ただ無言で目的地へと向かっていた。
季節問わず蒸し暑さが漂うこの地にはもう慣れたものだが、それでも体力も気力も削ぎ落とすことには変わらず、ましてや小さな子供二人ではこれのおかげでそう遠くへと行くことはできない。
近場の散策、土遊び、狩りや鉄集めが常の暇つぶし。そうして稀に、ハルが見つけ出した物を見に行く。今日のように。
「パキカ、お前『落ちてくる物』って知ってる?」
ハルがそう問うと、パキカはすぐに頷いた。左方に見える土の異形を眺めながら、柔い大地を踏みしめる。
「なんだ、俺全然知らなかった」
拗ねたように言い、ふと見つけた鉄の塊を拾い上げる。それをパキカが引く荷車に放ると、面白くなさそうに景色を眺め始めた。
遠くに蟲の群れが見える。黒い渦のように動くそれらは、比較的害のない類の蟲であるとハルは理解していたが、それでも近づけばその大きさに恐怖を覚えるに違いない。
蟲は虹の山を越えるように移動していた。その山も、不安定に突如形を変え、顔を創り出したと思えばドロドロと溶けて行く。
見慣れた風景には何も感じない。
「なぁ、もしかして俺がいつも見っけだすのも、それ?」
見慣れぬ物は、すぐにわかる。形も色も見たことのない物が時々土に埋もれており、それを見つけ出したハルは必ず、パキカを誘って見に行く。過去に何度か、拾えそうな物はそのまま持ち帰って家に置いたりしていた。
ハルが尋ねると、パキカは小首を傾げながら小さく言う。
「たぶん」
「へぇ、そうだったんだ」
素直に驚くが、同時にパキカに少し腹が立った。知っていたのなら、もっと早い内に教えてくれれば良いのに。
パキカもハナタも、さも当然のようにこの世界の事情を知っていた。
いや、彼女たちだけなのかもしれない。ハルの周りには、今この地で生きるためだけの知恵を持っているような大人ばかりだった。
「俺ずっと不思議に思ってたんだぞ」
ハルはそうは言ってみたものの、実は特に気にしたことはなかった。わからないものばかりの世界だ。今さらどのような理由をつけて説明されたとしても、そういうものなのだと理解してしまう。
パキカが、ごめんと小さく呟いたのを聞いて、ハルは気まずくなり頭を掻いた。
「まぁ、いいや。それよりほら、見えたぞ」
ハルの声にパキカは顔を向ける。先に見えるのは、大きなコンクリートの塊だった。
建物であろうことは分かる。
それは斜めに傾き、大地に沈みこもうとするかのように静かに佇んでいた。
埋もれていたものが浮き上がったかのようにも見えるが、そうでないことはすぐにわかる。
「どれも、崩れてないのがいつも不思議だった。一度下に入ったものは、大抵ボロになって出てくるんだし」
やっと理由がわかった、と呟く。
そして横で静かに立っているパキカに一目やると、促すように手を引いて歩き出したのだった。
コンクリートの欠片を跨ぎ、眼前の建物を見上げる。四階建ての、長四角のふしぎな建物だった。
「でっか」
見つけた時も大層驚いたものだが、こうして間近に来ると威圧感すら感じる。
斜めに沈み込んでいるからこそ断言はできないが、この建物は実に均整のとれた形であるのだろう。四方の壁には無数の窓が付いている。その窓の前には全て、なにやら出張った部分と柵のようなものが取り付けてある。
本で見たような、昔の建造物である『ビル』とは似て非なる物だと感じた。
「これ、人間が作ったのか?」
問いかけるが、返事はない。パキカも首をかしげるだけだった。
「上って、何がいるんだ」
これにも同じような反応だった。なんとも、肩透かしを食らった気分である。
「なんだ、全部知ってんのかと思った」
同時に安堵した。
これでパキカやハナタが世界の全てを知っているように話し始めたら、あまりにも自分は世界に疎すぎることになる。同じ歳のパキカとそれほどの差があっては、この先二人で生きていく上で大きな顔など、できたものではないだろう。
「わからないことの方が多い」
パキカのつぶやきに頷くと、ハルは辺りを見渡した。建物の入り口らしき穴を見つけると、パキカを連れて歩き出す。
二人よりも大きいガラスの扉は、上手いこと瓦礫を支えにするような形で開いていた。下手に動かさないように注意しながら入り込む。
中は思っていたよりも暗くはなかった。数多の窓から入る光が、建物内の道を見せている。入り口付近には少し虹の土が入り込んでおり、反射しながらも身をくねらせ、そのまま斜めった斜面を滑るように右方へと溜まっていた。
数度左右を見渡す。
長い長い部屋は建物の端から端へと続き、そうして左右共そこで折れ、奥へと繋がっているようだった。構造からして、階段でもあるのだろう。そして目で確認できる限りでは、この細長い部屋の側面には、また沢山の窓や扉が付いている。あの幅から察するに、無数の部屋がこの細長い部屋に連なって付いているようだった。
「随分長い部屋だな」
「ここは多分、ロウカだよ」
パキカに言われたが、よく分からない。ロウカという部屋なのか。
「何で知ってる」
「本を読んだ」
パキカは斜面になったロウカを、窓伝いに上がっていく。ハルも慌てて追いかけるが、途中横に並ぶ部屋が気になり、パキカを呼び止める。
「なぁ、こんなか入ってみねえ?」
パキカが足を止める。しばらくハルに目を向けていると、滑るようにして此方に寄ってきた。それを確認し、ハルは側にある扉を開けようとする。
形からして、前後へ押して開けるものではなさそうだった。窪みに手をかけ、軽くスライドする。
「…こっち下側だから、開けにくい。パキカ、そっちで押さえてて」
軽く開けた扉がそのまま閉じてしまう前に、パキカに扉のへりを掴ませた。そうしてハルは中に身体を滑り込ませると、今度は上へ登ってパキカに入るよう促す。
二人で中入りこみ、狭い、四角い部屋を見渡す。
見たことのない不思議な空間だった。
床は木の板が敷いてあり、壁には黒緑の板が前後に、そして先ほど見たような沢山の大きな窓が左右に取り付けられている。
中でも何より目を引いたのは、建物の傾きと共に動いたのであろう、後方に溜まった木製の机と椅子の山だった。
「なんだこれ」
これほど沢山、この狭い部屋に置かれていたのだろうか。この大きさの部屋では、あれらをしっかりと置いたならば相当に窮屈になるであろうし、もしかするとこの部屋は倉庫か何かかもしれないと思い当たる。
「はぁ、物置かなんかか」
パキカは無言で部屋を見渡す。そして黒緑の板を見つめると、ふと首をかしげた。
「何か書いてある」
顎で促すと、ハルも釣られて目を向けた。するとなるほど、確かに何か文字のようなものが縦列に書かれている。
「…文字か」
「多分」
実に不規則な形のそれは、読むことができない。もちろん、ハル達が普段使うアルファベットではなかった。
「やっぱり、人が使ってたんだな」
少なくとも、人間によって作られた建物であることは理解できた。
「じゃあ、上にいるのも人間?」
「そうだね」
パキカはさして驚かない。まぁいつもの事ではあるが、もしかすると実は知っていたのかもしれない、と少し疑った。
「ちぇ、なんだ。もっと見たことの無いような物を期待したのに」
先に進もうと部屋を出る。
その後何度か端へ行くまでの間に部屋を覗き込んで見たが、どういうわけかどこも同じような光景だった。物を保管しておく建物だろうかと推測したものの、それならもう少し効率の良い部屋の構造が作れるはずだろうと感じ、何とも言えない。一体何のための部屋達なのか、それを考えているうちにロウカの端へ着き、壁に寄りかかるようにして右折する。先に広がるのは案の定、階段だった。
「登る?」
「もちろん」
頷き合うと、二人は上へと向かって歩き出した。
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