第14章 深夜の密会 3


 暗闇の中、マルティクスが帯から引き抜いた物をレティシアに差し出す。ひやりと固い物が手に触れた。


「短剣です」

 きっぱりと告げた声に、指先を刺されたように手を引っ込める。


「短剣など……。私に扱えるとは思えません」


 料理や裁縫で短剣を使うのと、戦うのは全く違う。無論、戦った経験など一度もない。役立てる技量がないのは、自分が誰より知っていた。


 しかし、マルティクスも引かない。


生兵法なまびょうほうが怪我の元になるのは承知しています。ですが、身を守れるものを何か一つでも持っておいた方がいい。短剣ならば、何とか帯に隠せるでしょうし、森に逃げた時に木の枝を払ったり、幹に目印をつけたりと、何かと役に立つはずです」


 気遣いを無下にするのも申し訳なく、レティシアは短剣を受け取った。

「ご厚情ありがとうございます。いただきます」


 「お借りします」とはとても言えない。再会する機会は、おそらく二度とないだろう。


 短剣の重みがずしりと手にくる。彫金が施されているのだろう。精緻せいちな凹凸が手のひらに触れる。


「あまり長居なさって見張りに見つかっては大変です。マルティクス様、どうぞご自分の天幕へお戻りください。……お話できて、本当によかったです」


 マルティクスをそっと促す。これ以上、マルティクスの真摯しんしさに触れていては、精一杯張った虚勢が崩れそうだ。


「どうか、道中お気をつけください。エポナ様と無事に再会できることを、お祈り申し上げております」


「ありがとう。君を残すわたしが言えた義理ではないが……。レティシア殿も、どうか御無事で。天幕に入る時に抜いたくさびは、そのまま抜いておきます」


 レティシアの手を放し、マルティクスが暗闇の中をそっと離れていく気配がする。天幕を捲る微かな音がし、やがて無音になる。


 見張りが飛び込んでこないかと、しばらく耳をそばだてた後、レティシアはようやく緊張を解いた。途端に、どっと疲労に襲われる。眠ってわずかに回復した気力を、短い間に使い切ってしまったらしい。


 マルティクスが出て行った天幕を見つめる。

 今すぐここから逃げ出したいという誘惑を、唇を噛みしめて押し込める。


 今、逃げてはマルティクスが手引きしたとゲルキン達にかんづかれる恐れがある。もし、彼に何かあれば、危険を冒して伝えたことが無駄になってしまう。それだけは回避しなければならない。


 明日は今日よりも長い尋問が待っているだろう。少しでも、体力を回復させておかなければ、ゲルキン達に対抗できない。


 眠れるとは思えなかったが、レティシアは再び藁布団に横たわった。

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