第9章 憎しみに囚われて 4
「もし、フラウディア様が今のお二人を見られたら、悲しまれるのではないでしょうか?」
「黙れっ‼」
息を飲んだタティウスが即座に叫ぶ。
「フラウディアに会ったこともないくせに、知った口を聞くな!」
「確かに、私はフラウディア様を存じ上げません。ですが……タティウス様が話されるフラウディア様が、今のお二人を見て喜ばれるとは、とても思えないのです」
「黙れ黙れっ!」
差し伸べた手を振り払い、タティウスが立ち上がる。
「誰の差し金だっ⁉ なぜ俺を惑わす⁉」
ふと何かに気づいたように、タティウスの目が見開かれる。
「そうか。ヒルベウスだな⁉ あいつに言われたんだろう! 跡目争いに有利になるように、俺を惑わしてこいと!」
「違います! ヒルベウス様は何もおっしゃっていません!」
血走った目は正気を失っているかのようだ。それでも立ち上がり、説得を試みる。
「ヒルベウス様は私に何も頼んでおられません。これは私が勝手に……」
「そんな言い訳、誰が信じるものか! 言えっ、ヒルベウスに何と
タティウスが強い力で両肩を掴む。
「どうか落ち着いてくださいっ。私はただ、お二人の間の憎しみを取り除ければと……っ」
「黙れ! フラウディアではないくせに……っ。なぜ同じことを言う⁉ フラウディアは死んだんだ! 俺はヒルベウスを憎まなければならないんだ! その口を閉じろっ!」
タティウスの手が口を覆う。
「んんっ!」
まさか
背中から寝台に倒れ込んだのと、一緒に体勢を崩したタティウスがのしかかってきたのは同時だった。
息が詰まり、一瞬、まぶたを閉じたレティシアの耳を、乱暴に扉を開け放つ音が打つ。
「っ‼」
息を飲んだ音は、三人の内、誰が発したものか。
荒い息を吐いて戸口に立つヒルベウスを、レティシアは信じられない思いで見た。軍団基地にいるはずのヒルベウスが、なぜ、ここにいるのか。
「あ……」
押し倒したような体勢をまずいと感じたのだろう。
それより早く。
乱暴な足取りで
同時にヒルベウスの拳がタティウスの頬に振り下ろされた。
ヒルベウスは今まで見たことがないほど怒っていた。
「今日ほどお前と血のつながりがあることを
グラディウスの柄を握る手は、白く骨が浮き出ている。意志の力がかろうじて抜剣を抑えているらしかった。
音が鳴るほど奥歯を噛み締めたヒルベウスの表情は、いつタティウスに斬りかかってもおかしくないほど危うい。
座り込んで痛みに呻くタティウスは、ぼんやりと力無くヒルベウスを見上げるばかりだ。切れた唇から滴る血を
「おやめください!」
兄弟で流血沙汰を起こすわけにはいかない。ヒルベウスに駆け寄る。
「お待ちください! 誤解なのです!」
「誤解? ああ、そうだな。俺は見事に君を誤解していたらしい」
「清純そうな言動にすっかり
「違いますっ! ヒルベウス様を騙そうなど……っ」
必死に言い募るも、ヒルベウスは一切、聞く気がない。険しい顔には、ありありと拒絶が浮かんでいる。
初めて会った時、レティシアを娼婦と
「ローマに戻る前に、君の本性に気づけたことを、神に感謝するべきなのだろうな。はっ! 己の愚かさに
レティシアは悟る。今のヒルベウスには、何を言っても届かない。
だが、体は無意識にヒルベウスへ手を伸ばしていた。
「触れるな!
ヒルベウスが乱暴に振り払う。
痛みより、言葉に射抜かれて、動けなくなる。
ヒルベウスの瞳は、このまま叩っ斬るか絞め殺すかしてやりたいと雄弁に語っている。
「もう二度とわたしの前に姿を見せるな‼」
言い捨てて、ヒルベウスが身を
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