三幕 愚者のラストゲーム 10

 一位 『運命の輪』ノルン

 二位 『太陽』ソル

 三位 『死神』セツ


 二回目のベットを終えた時点で、チルドレンの順位に変動はなかった。もともとの人気に加え、二回目のベット直前でノルンがカレニアを発見したためだ。

 遊戯開始とともに街に放たれるや、カレニアはタウンの闇市場『バザール』の雑踏に逃げ込んだ。カレニアの位置情報は、彼女の手枷が発する信号でチルドレンにも伝わっているけれど、発信機自体がポンコツなので、おおよその方角しか把握できない。ひとが行き交う雑踏は、ターゲットの足取りを見落としがちで、チルドレンにとっては「やりづらい」場所だ。いっそすべてを爆破できれば楽だけど、意図的に通行人を巻き込んで仕留めるのは、遊戯では禁じ手にあたる。被害は最小限かつ、仕留め方は芸術的に。チルドレンはそういう勝ち方をしなくてはならない。わたしたちは殺し屋である前に、エンターテイナーなのだから。

 バザールを歩くノルンの足取りは、表向きは軽かった。最近はぼさぼさ髪でおしゃれもろくにしていなかったけれど、今日は伸ばした前髪で右目を隠し、ホットパンツにピンクベージュのチュニックを重ね、買い物客にすっかり紛れ込んでいる。やがて店先のプラスチックスツールでヌードルを啜るカレニアをノルンが発見する。レインコートを目深にかぶった少女は痩せこけ、詐欺師だった頃の魅惑的な面影はなきに等しいが、確かにカレニア=ドーアだった。

 そのとき、ちょうど二回目のコールがかかり、参加者は軒並みノルンに賭けた。


「アナタは誰に賭けたの」


 追加のアイスココアを頼みつつ、ナキはシズル=センカワに尋ねる。

 ノアの館の円卓上でも、ポーカー・ゲームは淡々と進行していた。今のところはそれぞれが勝ったり負けたりで、明確な差はついていない。ゲームの立ち上げとしては上々といったところだろうか。ウタのカードの腕はナキにもわからない。ただ、この少年がいっとうの嘘吐きであることは知っている。なにしろ、タウン中の住人に性別を偽っている歌姫だ。

 それとなく向けられたナキの視線に気付かないふりをして、ウタはあぐらをかいたまま、手札を弄んでいる。その横顔から、少年の思惑までを読み取るのは難しい。


「賭けたのは『死神』ですよ」


 今はシズルのターンだ。

 彼は中央のポットから二枚のカードを引いて、手札と交換した。


「……意外。彼を気に入っているの?」

「初陣で賭けたチルドレンは、応援したくなるのが人間の性でしょう?」


 もちろん、シズルが本当にセツに賭けているかはナキにもわからない。それに、どのチルドレンに賭けたとしても、最後に『祝祭』に侵入するつもりなら、邪推するだけ無駄だ。シズルはおそらく戦況がほぼ確定したそのときに、行動を起こす。何らかの手段を用いて外にいる協力者に連絡を取り、勝利が確定したチルドレンの名を伝えるはずだ。それを押さえることができたら、ゲームセット。


「レイズ20枚」


 シズルの賭け方は、この間と変わらない。慎重でありながら強気。

 次はナキのターン。ポットからカードを一枚引き抜いて交換し、並んだ手札を一瞥する。そしてすっかり氷の解けたアイスココアを啜った。


「コール」


 ナキの賭け方も変わっていない。受身のコールを続けるだけ。あのときはチップの数をじりじり減らして、最後のゲームもフォールドした。今回は勝たなくてはならない。ポーカーにも、シズル=センカワ個人にも。けれど、どちらも攻めるタイミングはまだ。

 ナキはホール中央で流されている映像に目を向ける。

 モノクロの画面の中で、ノルンは注意深くカレニアとの距離を詰めていく。その手が何気なくポケットを探ったのに気付いて、ナキは目を眇めた。ノルンが今ポケットの中でつかんでいるのは、おそらく致死性の毒薬が塗られた針。彼女は数種の毒針を常に携帯し、ターゲットに直接毒を注入する技を得意としている。

 ――決まるのか、ここで。

 シズルの動きをナキはひそかに見守る。


「レイズ50枚」


 歌うような軽やかな声が、張りつめた緊張の中に割り入った。見れば、ウタが手持ちのコインからふたつのタワーを中央に動かしている。画面上で展開する遊戯にも、ウタはちっとも興味を示さない。あくまでマイペースにポーカーを続けるウタに、シズルは苦笑した。


「強気な賭け方をされますね」

「そう?」


 口端を上げ、ウタは頬杖をつく。考えた末、シズルが「フォールド」と言い、ナキもそれにならった。場に残るのがウタのみになったため、ゲームが終了し、賭け金はすべてウタのもとに集まる。ウタが表にしたカードを見やって、シズルは肩をすくめた。ひとつの役もないノーペア。いったいどこからあの自信は生まれていたのか。

 にわかに差がつき始めたポーカーとは対照的に、画面上の遊戯は膠着状態に入ったようだ。カレニアに狙いを定めたノルンの腕を、横から現れたソルがつかむ。ノルンの探索能力を買っているソルは、はじめからノルンのほうを尾行していたらしい。火花散る視線。殺気に気付いたカレニアが小さな悲鳴を上げ、身を翻した。


「――っ!」


 追おうとしたノルンとソルが肩をぶつける。舌打ちをして、ソルはノルンの身体をぬかるみに引き倒した。すぐさま身を起こしたノルンが毒針を投擲するが、すんででかわされる。さながら妖精が舞うように、カレニアの背をソルが追いかける。カレニアの脚力もなかなかだが、追いかけっこのプロであるソルには敵わない。みるみる距離が縮まり、ソルの手がカレニアのフードにかかった。


(クラッシュ)


 爆発音を想像してナキは身体を強張らせる。けれど、予想していた爆発は起きなかった。フードをつかみかけた手を下ろし、ソルは唐突に立ち止まる。愕然と自分の手に目を落とす少年を置いて、カレニアは逃げ去った。ソルの姿もまた、画面からフェードアウトする。参加者の間に落胆が広がった。


(自分から離したように見えたけど)

(気のせい?)


 頤に指をあてたナキの対面で、


「チェック」


 はじめてシズルがパスを入れた。

 ウタを警戒したのだろうか。シズルの真意は読めない。


「あなたの番ですよ、ダフネ」


 促され、ナキは手持ちの札に目を戻す。番号が続いているスペードが一セット。勝負に出るか、ここで。


「先ほど贔屓のチルドレンの話をしましたね」


 濃厚なウィスキーを氷で薄め、シズルは口を開いた。


「初陣で賭けたチルドレンは贔屓にしたくなるのが人間の性だと」

「セツのこと?」


 ノルンとソルが揃って取り逃がしたため、カレニアは地下街にもぐりこんでしまった。長期戦になりそうだ。判断した参加者たちはおのおの談笑やゲームに戻る。シャンデリアの下に並んだ円卓には、希少な果物や珍味、酒が並び、少女や少年の娼妓がもてなしをしている。


「私が初めて『遊戯』に参加したのは三年前。そのときちょうど初陣を飾ったチルドレンがいました。彼女は、チルドレンの中でもひときわ痩せっぽちで、正直、前評判もあまりよくなかった。対して、指名されたほかのチルドレンは戦績が高く、人気のふたりでした」


 シズルは懐かしむように、ホール内の画面を見つめる。そういえば、前の遊戯のとき、シズルが戦況の確認以外で、画面を鑑賞することがなかったのにナキは気付いた。まるで贔屓の『彼女』以外に興味はないとでもいうように。


「そのときのターゲットはワンド。銃を得物にする彼女に対して、ほかは長距離が得意なスナイパーに、小型爆弾を仕掛ける妖精。ターゲットの性質から考えても、彼女には分が悪いように見えた」


 ふいにそれまで薄い膜で隔てられていた世界が少し揺らいだ。ナキははじめてまっすぐシズルを見る。シズルは相変わらず中央の画面に目を向けていたけれど。


「今でも思い出すことができます。その日は雨が降っていた。彼女はワンドを見つけると、正面からその巨体に向かっていった。そこには妖精が仕掛けた小型爆弾や、離れた場所からワンドを狙うスナイパーがいましたが、彼女は彼らに勝ちを譲ろうとはしなかった。最初に撃ち込んだ銃弾は外れ、残り数発はヒットしましたが、ワンドの厚い皮膚に弾かれた。弾が尽き、さっそく彼女は窮地に立たされました」


 『コマドリ』の再装填には、数秒を要する。教練場ではわずかな時間に思えたが、遊戯ではそれは己の生死と勝敗を分ける無限の時に思えた。浅くとはいえ、皮膚を傷つけられたワンドは驚き、興奮している。三メートル近い体長は伸びあがると、まだ十二歳だった自分の倍以上あった。ワンドのガラス玉みたいな目に矮小な自分の姿が映る。ころされる、と思った。


「私もほかの参加者も皆が一様に思いました。負けると。けれど、ただひとり、彼女だけが諦めなかった。彼女はワンドに背を向けると、妖精が仕掛けた小型爆弾に向かって走りだしました」


 クラッシュ!


「横に飛びのいた彼女に代わって、ワンドは爆発の直撃を受けました。ワンドの肉片と四肢が飛び散り、爆発の余波を受けた彼女もまた満身創痍となっていました。それでも彼女は立ち上がった。ワンドがまだ微かに息をしていたからです。彼女は銃に弾を装填し直しました」


 四肢を吹き飛ばされたワンドは、ぎょろりと血走った目を向けるだけで、もはや抗う力も残っていなかった。このまま放っておけば、数分で死ぬだろう。その脳天めがけて、銃弾を三発入れた。傷ついた身体がびくんびくんとしなる。ナキは息を吐き出した。ワンドは絶命していた。


「彼女の勝利はあいにくと、チルドレンや参加者たちからは不評でしたが。以来、私は彼女が参加する『遊戯』は、彼女に賭け続けています」


 そこではじめて、シズル=センカワはナキに目を戻した。


「チルドレン・ナキ。私が貴女に気付かないとでも?」

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