三幕 愚者のラストゲーム 02

 ナガレからせしめたタフィーは三つ。

 糖蜜を煮詰めてナッツを加えたつやつやのお菓子。タウンの市場ではめったに見られない高級品だ。紙に包んだそれを大事に抱えて屋敷のドアを開くと、ばさっと飛んできた鸚鵡のマダム・ロロに包みごと奪われた。その間数秒。


「あっ」


 ナキは銃に撃たれたときにだってしない泣き出しそうな声を上げた。マダム・ロロはナキにも絶対届かないシャンデリアの上にとまると、みせびらかすようにタフィーをついばむ。ふすんと鼻を鳴らして、ナキは『コマドリ』を抜く。あの怪鳥。一度死んだほうがいい。


「おい、ナキ。やめろ、シャンデリアが落ちる」


 ナガレに後ろから頭をはたかれ、ナキは憎悪に満ちた目を向けた。


「あの食いしん坊の盗人は一度死んだほうがいいと思う」

「真顔で言うな。タフィーならあとでやるから、セツを案内してくれ」

「……ああ」

 

 緊張した面持ちでナガレのあとについてくるセツをナキは振り返った。チルドレン十三番『死神』の番号を与えられたセツは、さっそく荷物をまとめて、シャーロックのお屋敷にやってきた。子どもたちは教練場にいるときは、何人かで大部屋を使うけれど、ナンバー付きに昇格すると、お屋敷で自室が与えられるようになる。二十人しかいないチルドレンの特権のひとつ。


「シャーロックに挨拶をしなくていいの?」

「あいつは、遊戯のときだけ勝手に呼びつけるから」


 ナキがナンバー付きになってもう三年が経つけれど、シャーロックと仕事以外の私的な会話をしたことはほとんどない。あの引きこもりのゲームマニアは、社交性やコミュニケーションという能力をどこかに落っことしてきたらしい。

 腑に落ちないままのセツを連れて、屋敷の大階段をのぼる。中央の窓にはめ込まれたステンドグラスから午後特有のけだるい光が射している。くすくす。くすくす。二階からした甘やかな笑い声に気付いて目を上げると、『太陽』のソルと『月』のセレネの双子の兄妹が階段に腰掛け、仲良くこちらを見下ろしていた。


「新入りだって、ソル。可愛いねえ」

「新入りだって、セレネ。でもへなちょこそうだよ」


 ソルはくすんだ赤毛に翠の眸。セレネは腰丈ほどの青銀の髪に同じ色の眸。顔も背格好もそっくりな双子は、笑い声まで似ているせいで、色を反転させただけの人形がふたりいるみたいに見える。


「こ、こんにちは……」


 挨拶をしたセツに、ふたりはきゃあと歓声を上げた。


「こんにちはだって、ソル。イイコだね」

「こんにちはだって、セレネ。でも阿呆そうだよ」


 愛らしく首を傾げ合うソルとセレネは御伽噺に出てくる妖精のよう。だけど、この妖精たちはチルドレンでも一、二を争う残虐な性格で、この間のナキの制裁にだって喜んで加わった。こと嬲って痛めつけることにかけては、妖精たちの専売特許。得体の知れないふたりの笑い声に、セツは怯えた様子で首をすくめた。


「そこをあけて、ソル。セレネ。荷物を運びたいんだけど」


 最上段を陣取るふたりに、ナキは倦んだ視線を向ける。あらあら、とソルとセレネがまた歌うような嘲笑をした。


「ナキじゃない。ペナルティつきの」

「遊戯に参加しないで何しているの?」

「暇しているの?」

「ナキはお屋敷つきのメイドになったのよ、きっとそう」

「もしくは運転手?」

「掃除番?」


 顔を見合わせて、ソルとセレネがぷっと吹きだす。面倒になったナキが実力行使で跨ごうとすると、きゃあ、とふたりは甲高い声を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。柱のあたりから顔をのぞかせて、「ナキったらオウボー」「がさつー」と悪口を言い合う。


「ね、ノルンの目はナキがやったの?」

「ちがうよ、セレネ。あれはウタ」

「ああ、道理で」

「なるほど、道理で」

「「芸術的に美しい切除!」」


 ふたりは声を合わせて歌った。ナキは反応を返さなかったが、その表情が急速に冷え入ったことに双子は気付いたようだ。恐れをなした様子で肩を小突き合い、くるんときびすを返す。状況が悪くなると、とたんに逃げ出すのもこのふたりの十八番。


「じゃあね、ナキ」

「今回も指名がなかった『脱落者』」

「『負け犬』」

「ファミリー一の稼ぎ頭でいられるのもあと少しかも」


 鳥の囀りのような悪口を残して、双子は廊下を駆け去る。辟易とした顔で、「あいつらも相変わらずだな」とナガレが呟いた。セツのほうはすっかり委縮しきって鞄を抱き締めている。


「……チルドレンって、あんな子ばかりなの?」

「ふたりはまだわかりやすいほう。単純だし」


 ナキの返事に、セツは「そういうもの?」と頬を引き攣らせた。


「イメージとちがう……」

「そりゃ、遊戯は興行だからな」


 皮肉っぽい笑みを浮かべるのはナガレだ。 


「妖精たちはふたりセットで結構人気なんだぜ。パトロンも多くついているしよ。落籍したいって資産家もいる」

「すごいんだ」

「まあ、いちばんすごいのはここにいる甘味馬鹿だけどな」


 ナガレはちょっと自慢するようにナキの肩を叩いた。その力が無駄に強いせいで、ナキはよろめきそうになる。


「ナガレ。稼ぎ頭ってどうやったらなれるの?」

「んなもん、簡単だ。結果を出し続ければいい」


 ナガレもまた、チルドレン時代はトップを独走していた男だ。……今のシャーロックが現れるまでは。

 いまひとつピンとこない顔をしたセツに、「単純でしょ」とうすくわらって、ナキは外の銅板に十三とナンバリングされた空き部屋を開いた。前の十三番が遊戯中に轢死して数か月。掃除人たちに掃き清められた部屋はがらんとして、コンクリ打ちの壁と配管があらわになっている。


「ここが俺の部屋……」


 ナキがスイッチを入れると電気がつき、換気扇が回りだした。中央にぽつんと置かれた円卓には、さっきシャンデリアに逃げたはずのマダム・ロロがいた。その嘴にはタフィーの食べ屑がついている。ナキは今度こそ、その憎い脳天めがけて発砲した。が、銃弾が撃ち込まれる前に、ロロは天井に逃げて、「ナキ、バーカ、バーカ」とばさばさ羽を鳴らす。部屋を旋回したマダム・ロロは、セツの手に鈍く輝く金属片を落とした。No.13のナンバリングがされたタグ。轢死した前の十三番の身体から取り出した、チルドレンの証。


「ゴ指名! ゴ指名!」


 シャーロックの代わりに、マダム・ロロがかしましく宣言する。それを聞いたナガレがひゅうと口笛を吹き、ナキはポケットから端末を取り出して確認した。開催予定の欄に、一件遊戯が追加になる。指名された番号は、十八番『月』のセレネ、十九番『太陽』のソル、あとは十三番『死神』のセツ。チルドレン昇格と同時の指名。まずはお手並み拝見、と嘯くシャーロックの顔が浮かぶようだった。遊戯の参加受付がさっそく始まる。セレネもソルも人気のチルドレンだけど、新入りには皆、期待をこめて賭けたがるから、一番人気は誰になるだろう。

 未だ呆けたままのセツに、ナキは状況を伝える。


「セツに遊戯の指名が入った。争うのは、セレネとソル。さっきの子たち」

「シャーロックに会ってもいないのに、遊戯が始まるの?」

「あの童貞は、わたしたちと顔を合わせないことのほうが多いから」


 遊戯の内容をチェックしたナキは、微かに眉をひそめた。今回のターゲットは、猛獣・ワンド。言葉のとおり人間じゃない。虎に何種類かの動物を掛け合わせた獣で、遊戯用に屋敷の地下で飼育されている。遊戯が始まるや、タウンの廃墟区画に放たれるワンドは、ひどく飢えており、見つけ出すことは容易だけれど、仕留めるのには難儀する。何しろワンドはやたらに硬くて厚い皮膚を持つため、銃弾を数発撃ちこんだくらいじゃ効かないし、油断すると鋭い爪や頑丈な牙でこちらを襲ってくる。セツのデビュー戦には、荷が重いように思えた。


「セツの武器は何?」


 お節介をやくつもりはないけれど、シャーロックとマダム・ロロでは役に立たないから、遊戯の概要はナキが説明した。ともしたらシャーロックはそこまで見越して、ナキを教練場に遣わしたのかもしれない。ありうる。シャーロックは面倒くさがりの不精者。その才能に関してタウンで右に出る者はいない。


「武器はナキと同じだよ」


 セツが荷物から取り出したのは、一丁の回転式拳銃だった。ナキとはちがうメーカーのもので、携行性と小回りを重視した『コマドリ』より、ずんぐりと大きく、そのぶん破壊力がありそうだ。ふうん、とセツの手に収まる拳銃を眺め、ナキは妖精たちの得物について考える。双子が使うのは小型爆弾。ワンドに対してどちらが向いているかなんて、火を見るよりも明らかだ。


「こりゃあ、おまえに分が悪いなあ、セツ」


 同じことを考えたらしく、ナガレが肩をすくめた。


「そうなの?」

「ワンドは猛獣だぜ? 倒すには急所に何度か重傷を与えなくちゃならねえが、飛距離を考えると、おまえの場合、ある程度近づかないと無理だ。その点、ソルとセレネは? あらかじめ仕掛けた爆弾のそばにワンドをおびき寄せるだけでいい」


 事の重大さが徐々にセツにもわかってきたらしい。まずいよね、と呟いたセツに、おうよ、とナガレが神妙にうなずく。


「あのさ……。遊戯って、負けたらどうなるの」

「勝つと報賞金が出るってだけで、負けたからってペナルティをつけられることはねえよ。こいつの場合は、前のゲームで重大な規則違反をしたから例外。ただ、あんまりみっともなく負けると、次から参加者に賭けてもらえなくなる。報賞金は賭けに応じて額が決まるから、金が入らなけりゃ、情報屋も使えないし、武器の手入れもできない。どんどん分が悪くなるな」

「――それでも、勝てないゲームにははじめから手を出さないチルドレンもいる」


 みるまに蒼褪めてしまったセツに、ナキは言った。

 チルドレンの多くは、勝利に美しさと芸術性を求める。みっともない殺し方を彼らはよしとしない。この狂いきった世界で美しく咲き誇ること。それが彼らの矜持。ナキ以外の子どもたちなら、だいたいは持っているチルドレンの美学。

 

「……ナキだったらどうする?」


 縋るように見つめられ、ナキは瞬きをひとつした。ナキの答えははじめから決まっている。そこに遊戯があるなら、やることはひとつ。


「勝つよ、わたしは」

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